1000万年前の姿を残す特別天然記念物(平川動物公園)
アマミノクロウサギはこんな生き物
アマミノクロウサギ(アマミノクロウサギ属・学名Pentalagus furnessi)は、日本の奄美大島と徳之島にのみに生息しています。1000万年以上も原始的な形質を残したままといわれていて、これは天敵や競合相手の少ない島ならではの進化と言えます。約180万年前に南西諸島に分布を広げてきたと考えられており、アマミノクロウサギがいかに太古の時代から生き残ってきたのかが分かります。
学術的にも貴重な種であり、国の特別天然記念物に指定されています。しかし、1979年にハブの駆除目的で人為的に導入されたマングースによって捕食され、一時数が激減しました。2004年には国内希少野生動植物種に指定され、現在、国の保護増殖事業に基づき、生息状況のモニタリング調査や交通事故防止対策などが行われています。特に2000年度から実施されている外来生物防除事業の効果が顕著で、2018年以降マングースがワナにかかることがなくなり、2024年9月に根絶宣言が出される見込みです。奄美大島での生息状況は近年回復傾向にあるものの、それに伴って交通事故にあう個体も増えています。夜行性で開けた場所を好む性質から、暗い道路上に出てエサを探したりそのまま休息することもあるそうです。繁殖期である秋頃には活動が活発になり、事故に合うリスクがさらに高まります。見通しの悪い林道での事故の他に、速度が出しやすく交通量の多い県道・国道での事故が目立っていることから、事故多発道路への侵入防止ネットや注意看板の設置、ステッカーの配布などの啓発普及活動も行われています。また、ノネコ*による捕食被害やノイヌ*による大量死も確認されており、引き続き保護活動の必要性が叫ばれています。
*ノネコやノイヌは元々人に飼われていたネコやイヌが逃げ出したり捨てられたりして、山や森林の中で生きるようになった個体を指す
平川動物公園では現在、テツコ(メス)、ユワン(オス)とケンタ(オス)の3頭を飼育しており、そのうちテツコのみ展示しています。
※情報は2024年3月時点のものです
アマミノクロウサギの日常と小話
テツコは2012年に道路上でうずくまっているところを保護された個体で、一命は取り留めたものの、後遺症としてアゴが歪んで嚙み合わせが悪くなってしまいました。ウサギの歯は伸び続けるため、上手く噛み合っていないと歯が伸びすぎて食べることが出来なくなってしまいます。そのため、現在も1、2か月に一度は全身麻酔をかけ、検診と歯を削る処置を受けています。
歯をトリミングする時期は、残餌量の他に体重、便の状態で判断しています。残餌量は正確な数値で表せない場合が多いので、重要になるのが糞の量や形です。アマミノクロウサギは基本的に1㎝程度の楕円~なみだ型の粒状の便をしますが、水分量が多い・繊維質が少ない・採食量が少ない・病気などで消化吸収機能に障害がある、などの異常があると量が減るだけでなく、形がいびつになったり、極端に小さくなったりします。さらに悪化すると下痢や便秘といった症状が出ることもあります。もちろん、便状で全ての異常が分かるわけではないので、体重も重要な情報であることに変わりはありませんが、毎日の糞チェックは欠かせません。
ウサギは体の構造上、嘔吐することができないため、毛球症にも注意する必要があります。繊維質の少ない餌だと、毛繕いなどで飲み込んだ毛が便と一緒に排出されず、消化器官の中に溜まり続けてしまい、詰まってしまうことがあります。また、草食動物は通常では消化できない成分を消化器官内にいる微生物に発酵してもらうことで、栄養として消化吸収できるようにしています。発酵を行う場所が、胃など消化器官の前半にあたる前胃発酵動物と、腸など消化器官の後半で行う後腸発酵動物に分けることができます。ウサギは後者であり、その中でも特に盲腸が発酵槽の役割を担っています。微生物の種類は非常に多岐にわたり、各動物の体内で絶妙なバランスで保たれています。タンパク質や糖質の過剰はこうした微生物のバランスを崩し、栄養が正しく摂取できなくなってしまうことがあります。上記のような理由から、当園では野草や枝葉を中心に与えており、野菜類はおやつ程度に与えています。
他にも、固い床ではソアホック(足底皮膚炎)という足の裏がすれて炎症を起こすことがあったり、避妊をしていない場合は生殖器系の病気になりやすかったり、蹴る強さに対して骨が耐えられず、保定した時に骨折するリスクが高いなど、基本的には家庭で飼育されているウサギ(カイウサギ)と同じようなことに気をつけています。
テツコは保護された時点ですでに成獣だったこともあり、高齢であると考えられます。これからも健康で、長生きしてもらえるようにしっかりとお世話をしていきたいと思います。
飼育員さんが教える見どころ
テツコは保護されてから長く、人に慣れていたためか、当初の想定よりもしっかりと来園者に姿を見せてくれます。開園直後からお昼の前後くらいまではガラスビューの目の前でエサに夢中になっていることが多く、14時頃になると運動の時間だ!と言わんばかりに、毎日のように展示場を走り回っています。本来は夜行性なので、このような姿は見られないはずですが、夜行性動物館ではカーテンと照明を調節して、昼夜を逆転させているので、日中であっても活動的な様子を観察することができます。この運動の時間が終わると、巣箱の中や板の下などに隠れてしまうので、早めの時間帯に会いに来ることをおすすめします。展示場内には、多様な行動を引き出すために穴掘り用の土や隠れやすい丸太などを置いています。土の上で体を伸ばしてリラックスしていたり、丸太の上に飛び乗ってぼんやりしていたり、思っていた使い方と違うことは多々ありますが、それがまた面白い点でもあります。その他にも、アマミノクロウサギならではの短い耳や頑丈な爪、丸っこいフォルムなどにもご注目ください。テツコでなければ、これほど近くでじっくり見ることは難しいので、大変貴重な体験になります。また、ふれあいランドではみなさんがよくイメージするウサギ(カイウサギ)を展示しています。これら2種の体の違いを見比べたり、行動を観察してみるのも面白い発見があるかもしれません。
※定期的な歯のトリミング処置のため、1、2ヶ月に1度、テツコを見られない時間ができてしまいます。来園前に平川動物公園公式サイトまたはX(旧Twitter)でご確認ください。
アマミノクロウサギに関わる研究
当園では、アマミノクロウサギだけではなく、リュウキュウアカショウビンやリュウキュウコノハズク、オオトラツグミなど奄美大島内の施設で収容しきれなくなった傷病個体を受け入れ、治療と飼育を非公開施設で行ってきました。その多くが人的原因で傷付き、後遺症が残って野生復帰出来なくなった個体です。傷付いた動物を保護するだけでは、焼け石に水、不幸な動物は減りません。こうした事実を広め、事故を予防することが最も大切です。そのためにもイベントの開催などを通して地道な教育普及活動を行ってきました。また、大学と連携し生態の研究にも取り組んできました。アマミノクロウサギには、貴重な在来種であると同時に、農作物を食べてしまう害獣という一面もあります。人と共存する上で、島の人々の生活を守るのは重要なことです。そこで、当園で飼育している個体を用いて、農作地への侵入防止策などの研究を進めています。
アマミノクロウサギの生態系内での役割が示された研究もあります。ヤクシマツチトリモチという希少な植物の種子散布者として、その繁殖に大きく貢献しているというものです。ヤクシマツチトリモチは大隅半島や屋久島、種子島、奄美大島に分布しており、鹿児島県の準絶滅危惧種に指定されています。見た目はキノコのようで、光合成せず、他の植物の根に寄生して成長するという変わった植物で、奄美大島以南のものは寄生する植物が異なるため、より希少であり、その種子散布者は分かっていませんでした。センサーカメラでアマミノクロウサギが同植物を食べていることは判明していました。食べられた種子が運ばれた先で発芽し、分布域を広げていることを証明するために、当園で飼育されているアマミノクロウサギに食べさせてその糞を顕微鏡下で観察しました。すると、生きた種子がそのまま排泄されていることが確認できたのです。
そのほか、他のウサギと同様、親が大きくなった仔を自分のテリトリーから追い出す「子別れの儀式」があることや食糞の習性があることなどが、当園で飼育されて初めて確認されました。
【文・写真】
平川動物公園
〒891-0133 鹿児島県鹿児島市平川町5669-1
電話番号:099-261-2326
公式サイト:
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