愛玩動物看護師とは?【第10回】デンタルケアの重要性

ペットと長く幸せに暮らすためには、病気になったときの治療だけではなく、日々の予防を含めた日常的なケアが欠かせません。健康管理や適切な飼育環境の整備など、飼い主さんが気を付けるべき点は数多くあります。

こうした日々のケアや適正飼育をサポートするのも、愛玩動物看護師の重要な役割の一つです。獣医師とともに、ペットの健康と幸せな生活を支える専門家として、その存在価値が高まっています。

今回は、愛玩動物看護師の重要な役割の一つである「デンタルケア」に焦点を当てます。ペットの口腔衛生は全身の健康に直結する重要な要素です。愛玩動物看護師がペットのデンタルケアにおいて、どのように飼い主さんをサポートしているのか、詳しく見ていきましょう。

デンタルケアの現状と課題

近年はペットのデンタルケアに対して飼い主さんの意識が変わりつつあります。家庭で歯みがきなどに挑戦している飼い主さんも増えてきており、私が勤務する動物病院でも「自宅で歯みがきができるようになりたい!」と始めてみたものの、犬が嫌がって上手にみがけないなどのご相談を耳にすることがあります。

とはいえ、まだ多くの飼い主さんにとってはその重要性が十分に認識されにくい分野だと感じます。しかし、犬・猫も人と同じように、歯や口の中の健康が歳を重ねるごとに全身への健康に大きな影響を与えることが知られています。ケアをしないでそのまま過ごしていると歯周病やその他の口腔疾患が発生しやすくなります。

デンタルケアに関する相談や治療件数は年々増加しています。それでもまだ予防啓発が浸透していないせいか、症状が進行してからの受診が多いという現状です。また高齢になったことで思うように治療ができず、歯の痛みや強い口臭と付き合いながら過ごすペットやそのご家族も少なくありません。

こうした現状を改善するためには、日常的なケアと定期的なチェックは不可欠であり、ここで愛玩動物看護師の出番となります。

デンタルケアとは?

デンタルケアとはその名の通り、『デンタル=歯に関する』『ケア=お手入れ』です。歯科治療の対象となるのは口の中の歯だけではなく、歯肉なども含まれます。人では当たり前に行われているデンタルケアですが、犬猫にとっても決して他人事ではありません。犬・猫の口腔内はその構造や動物種としての歯の特性は違いますが、人と同じように病気を患います。一番多いのは皆さんもよくご存知の「歯周病」です。

歯周病とは、口腔内に細菌が増殖することによって引き起こされる感染症で、歯を支える歯茎やその土台となる骨が炎症により溶けてしまう病気です。感染率は非常に高く、3歳以上の犬の80%、猫の70%以上で歯周病に罹患しているという報告もあります。つまり歯周病は、すべての犬や猫が気を付けておかなければならない病気です。

また、歯周病は治療をしないでいると、口の中だけではなく腎臓や肝臓、心臓などの病気の原因にもなることがわかっています。そういう意味では「歯周病は万病のもと」ともいえますね。

歯周病ケアと治療

歯周病になってしまったとしても今は動物病院で適切な治療を受けることができます。このうち獣医師が担当するのは、歯周病の診断や、歯周病を悪化させる原因の一つでもある「歯石」の除去、残しておくことで悪影響となりうる歯の抜歯などです。動物病院での歯石除去や歯科治療は安全性を考慮して全身麻酔下で行われます。

ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、実は「歯石」がある状態が「歯周病」というわけではありません。ワクチン接種や健康診断などで動物病院を訪れた際に、獣医さんから歯が汚れているから歯石取りをしましょうと言われた経験はありませんか? あるいは、一緒に暮らしているペットの歯に茶色く硬いものが付いているのを飼い主さんも見たことがあるかもしれません。このような歯石は、歯垢(=プラーク:食べカスやバイ菌の塊)が唾液と反応し石灰化して歯に付着したものです。歯石が付いているから歯周病というわけではなく、歯石が更なるプラークを付着させ、歯にこびりつき、細菌感染を助長させる要因となります。歯石の除去などにより口の中を清潔に保つことは、歯周病の悪化を防ぐ重要な手段です。また、歯石は歯周病の治療の妨げとなるため、治療の際には歯石除去が必要です。

歯石は石灰化して強固に付着しているため、日常的な歯みがきシートや歯ブラシでは除去できません。さらに、歯石は目に見える歯の表面だけでなく、歯周ポケット内や歯の裏側など、外からは見えない場所にも付着します。歯石を除去するためには、歯科専用の器具を使用した専門的かつ細かな処置が必要となりますが、動物の場合は動いてしまうことがあり非常に危険です。そのため、歯科治療や歯石除去の処置でも動物の場合は全身麻酔が用いられます。

一方、歯石になる前のプラークの状態なら歯みがきで除去することができます。こまめな歯みがきでプラークを除去し、歯石の付着を防ぐことは、歯周病を防ぐことにつながります。日常的に歯みがきをしないでいると、歯周病の治療や歯石を除去してもすぐに汚れが溜まって新しい歯石が形成し始めます。歯周病を防ぐためには毎日の歯みがきが必要不可欠です。

愛玩動物看護師ができるデンタルケアの役割

動物病院では、治療を獣医師が、日頃のデンタルケアを愛玩動物看護師と飼い主さんで行い、力を合わせて動物たちの口腔の健康を守っていかなくてはなりません。

ここからはデンタルケアにおいて愛玩動物看護師が担う役割をご紹介します。

歯周病治療の補助

全身麻酔下で歯科治療を行う際には助手として愛玩動物看護師が補助に入ります。

写真:歯科処置の補助

人の歯科医院にもあるような吸引機を使用したり、唇や舌をめくって視野を広げたりと獣医師がスムーズに処置できるようにします。抜歯となると出血を伴うことも多いため、止血の処置も行います。

飼い主さんへの歯みがき指導

最近では歯みがき教室やデンタル相談室などを行う動物病院も増えてきています。これらは、専門的なトレーニングや教育を受けた愛玩動物看護師が行い、グループで指導を受ける教室もあれば個別に相談を受けたり指導をしたりするケースもあります。

写真:歯みがき練習

具体的には、歯みがきの目的や正しい歯みがきの方法、適切なデンタルケア用品の選び方などを指導しています。飼い主さんがペットに対して、日常的なケアを習慣化できるサポートをしています。

口腔内の健康チェック

定期的な口腔内のチェックをすることによって、早期に異常を発見し、適切な治療を行うことができます。

健康チェックにおいて、愛玩動物看護師は飼い主さんからさまざまな悩みや、ホームケアについて詳しく聞き取りを行います。そして、それぞれの飼い主さんの状況や、個々の動物の特性を考慮しながら、その課題に向き合っています。各ペットの状況に合わせたデンタルケアプログラムを提供することで、飼い主さんと共に継続的なケアの実践を目指しています。

デンタルケアの実践方法

飼い主さんが行えるデンタルケアの実践方法についても触れていきましょう。愛玩動物看護師の指導のもとで、飼い主さんが日常的に行うことのできるケア方法を以下に紹介します。

毎日の歯みがき

ペット専用の歯ブラシで毎日の歯みがきを習慣化しましょう。歯みがきをするためには動物の口を優しくつかんだり、触ったりしても嫌がられないことが大前提となります。からだは触らせてくれるけれど、口周辺を触ったり、開かせたりするのは嫌がってしまい難しいという犬・猫は少なくありません。適切な触り方やみがき方を知らずに、歯みがきをしようとすると、ほとんどの子が失敗してしまいます。口を触る練習から始め、少しずつ慣らし、徐々に時間を延ばしていくことがポイントです。

写真:口周りを触る練習
写真:歯みがきシートの使い方を指導

何度トライしても上手にできない場合や、攻撃的な犬・猫の場合には、デンタルケア用品を活用することで、負担を少なくしながらデンタルケアを進めることもできます。デンタルケアガムやデンタルトイなどを使用すれば、自然な形で口腔内のケアをすることが可能です。また、デンタルケア用のフードやサプリメントを活用することで、口腔内の健康をサポートすることもできます。しかし、残念ながらブラッシングに勝るデンタルケアはありません。

愛玩動物看護師は、動物と飼い主さんそれぞれの状況や関係性を十分に考慮した上で、個々に適したケア方法を提案します。また、飼い主さんと協力しながら、その動物にとって最適なケアを一緒に考え、実践していきます。

定期的なプロケア(プロフェッショナルケア)

動物病院での定期的なチェックと歯科処置を受けることは、とても重要であると言われています。特に歯石の除去などは専門的な技術が必要となるため、動物病院で適切に施術してもらわなければなりません。愛玩動物看護師や獣医師による定期的なプロフェッショナルケアを受けることで、取り返しのつかないことになる前に口腔内の健康状態を維持し、問題があったとしても早期に発見することができます。

実際の歯みがき教室での様子

私が勤務している病院では、パピー歯みがき教室、歯みがき相談、シニア歯みがき相談、猫ちゃんの歯みがき相談を愛玩動物看護師が個別に行っています。

具体的には、歯周病という病気についての話しから始まり、犬猫にも歯みがきが必要な理由を丁寧に解説します。その後、動物の性格や飼い主さんと動物との関係性、生活環境などから最適なデンタルケアを提案し、一緒に取り組んでいきます。個別指導の最も大きな利点は、個々の動物と飼い主さんのニーズに合わせて、最も適したケアや関わり方を模索できるところにあります。動物の年齢や性格ごとに抱える問題や困りごとも異なるのです。

すでに自宅で歯みがきを行っている飼い主さんには、正しいセルフケアができているかの見直しを行います。人間の歯科における歯科衛生士のような、役割です。

写真:飼い主さんも歯みがきに挑戦

最近では、パピー期のうちから歯みがきをしっかり練習していきたいという飼い主さんも増えてきました。

写真:子犬への歯みがき練習

子犬のうちから正しいしつけを学ぶことで、口を触ることに慣れていく子犬もたくさんいます。成長に伴い歯みがきができるようになっていく子犬たちを見ていると、とても嬉しい気持ちになります。

デンタルケアの重要性と愛玩動物看護師の未来

デンタルケアは、動物たちの健康維持において非常に重要な要素です。愛玩動物看護師の国家資格化により、その役割が一層重視され、飼い主さんとペットの健康を支えるための知識と技術を提供できるようになりました。愛玩動物看護師はペットと飼い主さんのケアという分野において、なくてはならない存在になっていくでしょう。

ペットの歯の健康を守るためには日常的なケアを怠らないことが大切です。飼い主さんが一人で抱えてしまうことがないように私たち愛玩動物看護師もサポートを続けていきます。デンタルケアを通じて、愛するペットとの健康で幸せな生活を一緒に築いていきましょう。

【執筆】
旭 あすか(あさひ・あすか)
1988年生まれ。IPC国際ペットカルチャー総合学院を2011年に卒業後、りんごの樹動物病院(愛知県安城市)にて動物看護師として勤務。2017年動物看護師長に就任。院内の働き方や動物看護師の業務の改善を進める。2023年に愛玩動物看護師免許を取得。その他、世界基準の心肺蘇生~獣医蘇生再評価運動(RECOVER)を2018年に修了。院内業務にとどまらず、おもに臨床病理学(糞便検査、尿検査、血液塗沫など)分野の愛玩動物看護師向けセミナーで講師を務めている。自身のインスタグラムでは「愛玩動物看護師のリアル」を発信し、知識・技術ならびに社会的認知度の向上のために尽力している。
Instagram:asahi_asuka_vnca

【編集協力】
いわさきはるか