生態系からの挑戦状
これまで、私のもとには魚類の寄生虫(あるいは寄生虫モドキ)の鑑定(同定)や寄生虫病診断の相談も寄せられました。獣医学教育モデル・コア・カリキュラム(以下、コアカリ)の魚病学も兼任しておりましたので、学生の印象に残る授業用のネタ集めとしても最適でした。
しかし、甘くはありません。適切な診断・鑑定結果を返すためには、水環境とそこに生息する様々な生き物に関する幅広い知識が不可欠です。依頼された方は寄生虫と信じていても、ムシ(蠕虫)のような雰囲気を醸しつつ、実は自由生活する動物だったという例も少なくありません。
依頼をもらうたびに、自然生態系からの挑戦状だという緊張感を持って対処しております。今回は、皆さんにその一端を感じ取ってもらうために、事例を少し紹介します。
浦島太郎もびっくり リュウグウノツカイにも潜む寄生虫
秋田県沿岸に漂着した深海魚リュウグウノツカイ(写真1上段)から、条虫(サナダムシ)が見つかりました。消化管下部組織に絡まり、縮こまった状態で潜んでおりました(写真1下段)。ほどいたら20センチ近くもありましたが、これだけ長くてもまだ幼虫です。
また、幼虫なので分類を決める特徴的な形態はなく、分子解析を併用しClistobothrium属と同定されました。この仲間は、言うなれば猫によく寄生するマンソン裂頭条虫の遠い親戚です。この親虫は、サメ類腸管内に棲むので、「竜宮城のメッセンジャー」を食べるという「罰当たり」な生態が垣間見えました。本当に罰が当たったわけではないでしょうが、サメ類寄生虫症の症例は少なくありませんでした。

ハンマーヘッドを悩ます単生類
ある水族館でシュモクザメの鰓(えら)を検査したところ、単生類ヘテロボツリウム類(扁形動物)の高度な寄生が認められました(写真2)。このサメは、両眼の付いた柄が左右に広がったことが特徴であり、「ハンマーヘッドシャーク」という英語名が付いています。その特異な姿は容易に思い描くことができるでしょう。
さて、ヘテロボツリウム類、つまりエラムシの仲間で、魚病でも最重要寄生虫です。魚に貧血や鰓の潰瘍などを起こし、とても厄介です。

北海道内陸で養殖されるフグも犠牲者に
エラムシで思い出すのは、私が住む町にあるトラフグの陸上養殖施設で発生した寄生虫病です。単生類は、外見が似る吸虫(ジストマ)と異なり中間宿主を介さずに直接感染をするため、海域から離れた場所でも発生する危険性があります。実際に養殖施設で使用されるネットや器具に卵が付いていれば、この寄生虫が拡がります。現にこのフグの施設もこれらに悩まされていました。
それにしても、北海道のように寒い(フグは暖かい海水が不可欠)内陸でも養殖をするなんて、人の食に対する情熱は凄いですね。そのうちフグは北海道名物になるかもしれません。
共生(寄生)甲殻類の体表にいる単生類も悪さ
エイ類の鰓のびらんしたところからは、別の単生類Decacotyle属が確認され、ジンベエザメの体表からはUdonella属が得られました(写真3)。Udonella属は、おそらくU. caligorumだと思いますが、この属の特徴は、同じ宿主(この場合はジンベエザメ)に寄生(または共生)する甲殻類の体表に付着しつつ、魚類宿主の組織を摂食することもあります(写真3)。寄生虫に寄生することを超寄生といい、また寄生性甲殻類については本連載第13回で何となく雰囲気は伝わるかと思います。

サメの親サナダムシの雰囲気はこんな感じで
冒頭で、リュウグウノツカイから得られた条虫類幼虫の紹介をしました。しかし、その成虫が気になりませんか?
シュモクザメ類の胃からTrypanorhyncha目条虫の一部片節(Nybelinia属:写真4)が得られ、染色して成虫の証拠である生殖器を確認しました。サメの条虫はこのような雰囲気です。「罰当たり」と書きましたが、美しい生き物です。

【執筆者】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学名誉教授、獣医師、野生動物医学専門職修士(UK)、博士(獣医学)、日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表として執筆・講演活動を行う。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)、『獣医さんがゆく―15歳からの獣医学』(東京大学出版会)など。
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