みんなに知ってほしい牛のおはなし【第11回】牛の病気ってどんなもの? その2

安心・安全な畜産物を生産するためには、家畜を健康に飼育することが不可欠です。そのために、現場で生産者や獣医師は日々どのような病気に向き合っているのでしょうか? 前回の記事では、乳牛でメジャーな病気をいくつか紹介しました。今回は、子牛と肉牛の主な病気について紹介します。

肉牛から牛肉が作られるまで

日本で飼育されている肉牛は、和牛(黒毛和種を含む4品種)、乳牛であるホルスタイン種に黒毛和種を交配して生まれた交雑種、そして乳用種の去勢牛に分けられます。この他に、搾乳牛としての役目を終えた乳牛も牛肉になります。和牛は日本の牛肉生産量の半分を占めており、黒毛和種が最も多く飼われています。

黒毛和種の母牛から産まれた子牛は、9~10か月間の哺育・育成期間を経て、その後は18~22か月間肥育して出荷されます。生まれたばかりの子牛の体重は30~40キログラムほどです。初めは母乳やミルクを飲みますが、それだけでは栄養が足りなくなるので少しずつ固形飼料を増やしていき、約3か月齢で離乳します。そこからは、乾草やわらなどの繊維質を多く含む粗飼料や、トウモロコシなどの穀類を主体とした炭水化物やタンパク質が豊富な濃厚飼料で骨や筋肉の発達を促します。肥育を開始する10か月齢には、体重が300キログラムほどになります。その後の肥育期間は、主に濃厚飼料で肉をつけさせていく時期になります。
出荷時は、体重が700~800キログラムほどになり、1頭の牛から500キログラム前後の枝肉(牛をと畜した後に頭・四肢・尾・皮や内臓を除去したもの)がとれます。枝肉は、部位ごとに分割して骨や余分な脂肪を取り除いた部分肉に整形され、スーパーや精肉店で直接調理できる状態にカットされた精肉に加工されて私たち消費者のもとに提供されています。

出荷までに約700~800キログラムまで育てる

子牛の時期に多い下痢とカゼ

生後間もない子牛は免疫が未熟なため、感染症にかかりやすいです。子牛は、出生後に初乳を飲むことで、はじめて免疫グロブリン(病原体に対抗する抗体の機能を持つタンパク質)を体内に獲得します。そのため、初乳の摂取が不十分な子牛は、様々な感染症にかかりやすくなってしまいます。また、ミルク不足による低栄養状態や寒冷ストレスは、子牛の免疫力を低下させる大きな要因です。さらに、汚れた敷料など、子牛の飼育環境が不衛生な状態だと様々な病原体にさらされることになり、下痢やカゼ(呼吸器病)が発生しやすくなります。生後間もない子牛にとって、下痢はひどい脱水を起こして命にかかわることもあります。一方、呼吸器病は慢性化すると発育不良に陥ってしまうため、経済的な損失が大きくなります。立派な肥育牛に育てるためには、子牛の時期に健康で良好な発育をさせることが不可欠です。

肥育牛のビタミンA欠乏症

牛肉の品質は、さまざまな観点から枝肉の状態で評価されて格付が決められます。格付を決める際の評価項目に脂肪交雑があります。これは「霜降り」の度合いのことで、牛肉の柔らかさやジューシーさに影響するため、脂肪交雑は牛肉の評価に大きく影響します。

枝肉の格付の様子(左)と一番高い等級の5等級肉の例(右) 写真:公益社団法人日本食肉格付協会

黒毛和種肥育牛の生産現場では、20か月齢前後にあたる肥育中期の時期に、脂肪交雑を高めるための「ビタミンAコントロール」が一般的に行われています。この時期に血中ビタミンAレベルを低くすることで、脂肪交雑が高くなるためです。肥育中期に向けて、エサから摂取するβ-カロテンやビタミンAを制限することでビタミンAが不足状態となり、肥育期間が進むにつれて血中レベルが低下します。ところが、ビタミンAを過度に制限して血中レベルが低下しすぎると、欠乏症を起こしてしまいます。ビタミンA欠乏症になると食欲が低下してしまうため、肥育として本末転倒です。また、ビタミンAは体内で目の機能、皮膚や粘膜の健康、免疫機能などに重要な役割を果たすことに加えて、抗酸化作用も持っています。そのため、ビタミンA欠乏症になると視覚障害や肝炎、尿石症(尿路結石)などの様々な病気のもとになるほか、筋肉水腫により枝肉の部分廃棄につながることもあります。したがって、ビタミンAコントロールは肉質向上のための重要な技術ですが、ビタミンA欠乏症に注意しなければなりません。日々の健康観察や血液検査で欠乏症やその予備軍を早期に発見して、ビタミンAを適切なタイミングで補給させ、肥育期間を通して牛の健康を維持することが重要です。

おわりに

現代の家畜は、生産性を上げるための育種改良や効率化のための多頭飼育、生産性を追求した飼料給与を背景とした、家畜にとっての職業病ともいえる「生産病」の脅威にさらされています。一方、家畜を健康に飼育することはアニマルウェルフェアや農家経営、食品安全などの多くの観点において非常に重要です。このように、畜産現場では健康と生産性を両立させるための高度な飼養管理技術が求められています。

[参考資料]
・公益社団法人 中央畜産会ウェブページ
https://jlia.lin.gr.jp/wk/beef/
・JA全農くみあい飼料株式会社ウェブページ
https://www.znf.co.jp/service/service-kks/kks-prtprocess/
・公益社団法人 日本食肉流通センターウェブページ
https://www.piif.jmtc.or.jp/ryori/
・岡章生、「和牛の肉質を向上させたビタミン A コントロール技術─ これまでの研究と今後の展開─」、日本畜産学会報、96、1、59-62、2025年

[写真出典]
・写真2、3. 農林水産省ウェブページ、写真協力:公益社団法人日本食肉格付協会
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1608/spe2_01.html

【執筆】
岩崎まりか(いわざき・まりか)
獣医師、博士(獣医学)。2010年に日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科を卒業後、山形県農業共済組合にて9年間、乳牛・肉牛の診療に従事。その後、同大学にて博士号を取得。同校でのポストドクターを経て、2022年より東京農業大学農学部動物科学科で、主に牛の生産性や疾病、飼養管理についての研究および学生教育に従事している。

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