野生動物医学書続々誕生のミラクルイヤー
2025年を振り返ると、爬虫類/鳥獣の野生動物医学関連の体系的な書籍が相次いで刊行されたミラクルイヤーでした。定年退職後の初正月で、ゆっくり過ごせるとワクワクしていましたが、これら書籍を熟読し、結果として例年にないほど多忙な年末年始となりました。いずれにせよ、知的興奮に満ちた素晴らしい時間を得たこと自体、僥倖でした。
ところで、本連載も気付いたら第30回。毎回ディープな情報が満載で、消化不良気味かもしれませんね。そこで、今回は反芻をする場として、自己学習の必要性を再確認したいと思います。そのため、本文の副題を「令和版学問のススメ」とさせていただきました。しかし、ここで紹介させていただく書籍などの読み込みにより、皆さんは野生動物医学分野で一歩先を行くという意味で「人の上」に立つことになるでしょう。
2025年刊「奇跡の書」3点
前述した書籍は以下3冊です。
・『爬虫類の病気百科』(緑書房、2025年)
https://www.midorishobo.co.jp/SHOP/1673.html
・『野生動物の保全と管理の事典』(朝倉書店、2025年)
https://www.asakura.co.jp/detail.php?book_code=18069
・『哺乳類学の百科事典』(丸善出版、2025年)
https://www.maruzen-publishing.co.jp/book/b10122906.html
タイトルの中に、いずれも「百科」「事典」の語が見えて敬遠された方もいるかと思います。確かに、ドキドキハラハラを楽しむ文芸書の類ではありません。しかし、決して辞書的ではなく、各項目が有機的に繋がった構成で、気軽に文字を追うだけでも楽しめると感じました。もちろん、情報量は膨大です。けれども、こういった本こそあえて無心で文字を追うだけでも良いと考えます。近付かない・見ない・開かないよりましですから。
実際、豊富な画像と読みやすい文体ですので、飽きることなくいつの間にか読破していました。
「朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり」
紙の本で懸念される問題は、物理的に大きくて重いことです。少し前の時代なら、内容を厚くすればするだけ気軽には持ち運べない重さになっていたでしょう。しかし、これら3冊は、信じられないほどコンパクトです。試しに、所用のために出向いた札幌往復の汽車内に持ち込んで読んでみましたが、負担にはなりませんでした。また、これら書籍に用いられている紙は、書き込みや貼付がしやすい材質で、短期間ですっかり私仕様に変身しました。今後も良き相棒となるでしょう。
当連載のディープな世界をより理解いただくための「相棒」
私が本連載で紹介してきた野生動物医学と、関連するディープな世界をより理解したいと望むのであれば、前述のような「相棒」が必須です。どのような百科事典でも良いのですが、頑張って通読してみてください。一度ですべてを理解する必要はありません。繰り返しになりますが、最初は文字面を追いかけるだけで十分です。
脳内に「整理タンス」を作る
得た知識を乱雑に蓄えるのではなく、脳内のタンスに整理していきましょう。
たとえば、第29回の古生代の超巨大な陸地、そこに生息していた爬虫類のような祖先獣にウイルスが感染、胎盤を有する真獣に進化などは、『哺乳類学の百科事典』にも載っていました。
私が当連載で扱った、または今後扱う爬虫類の寄生虫病・救護・解剖生理などは、『爬虫類の病気百科』でより詳しく学べます。
第28回ではクマ類の緊急銃殺、第9回ではシカのジビエ・猛獣への餌利用なども紹介しました。そこで、『野生動物の保全と管理の事典』で得た知識が頭の中で整理されていなければ、ただの野生動物の射殺や死体利用という物騒な話で終わってしまいます。そのような片肺状態で読んだとしても、きっと皆さんの中で腑に落ちないはずです。
知識が整理されていることで頭の中の引き出しが開かれ、昔学んだ事と新たに学んだ事が紐づいて、より深い学習体験ができます。
この節だけでも、脳内の「整理タンス」の引き出しには(自然)地理・地質、古生物、(脊椎動物の)系統分類・進化、獣医臨床・繁殖、害(鳥)獣駆除、感染(症)、ウイルス、病理、分子生物などのラベルが貼られたのではないでしょうか。
時をかける過去の学び
私の若い頃の学習の記憶が予想外の形で呼び起こされ、新鮮な驚きで心が震えた最近の出来事を紹介します。
私が獣医大生初年次だったころ、微生物学講義を受講中に黒板に描かれた図を何気なく模写しました。その図は、レトロウイルス感染が細胞融合させる「合胞体化」という現象を示すものでした(図1)。
そして、「ウイルス感染、胎盤有す」という記述を『哺乳類学の百科事典』で見た瞬間、当時得た知識を含むいくつかの記憶の引き出しが突然開きました。胎盤とは、要するに異個体(母親と胎児)間の毛細血管レベルの融合物です。この胎盤が獣進化史上に登場した直接的な原動力こそが、「合胞体化」です。
しかし、当時の獣医学では、胎盤形成とウイルス感染は無関係というスタンスでした。
たとえ、知の終活中の老人でも、『哺乳類学の百科事典』を読んで半世紀の時間を超えた気づきを得ることができたのです。

野生動物医学を目指す方は呼吸するように知識の吸収
初年次教育後、私は寄生虫(病)学を専攻し、次いでそこに軸足を置く野生動物医学を兼任しました。その結果、異分野となったウイルス学の全ては、よどみとして私の脳内に死蔵されました。でも、前述のような出来事が突然起きました。脳内に「ウイルス」のラベルが貼られた引き出しがあったからです。
私のように、確固たる専門分野を有しながら別分野を兼任することは、講座制(医局制度的)の獣医学では異例でした。なので、本来の守備範囲の堅持は前提としながら、その他の雑多な爬虫類/鳥獣に関する知識のインプットはできるだけ素早く行いました。付け焼刃的な知識でしたので、今でも当時の情報が脳内で厚くヘドロ化しています。
この連載を読んで
「野生動物医学、何だか面白そう! 自分も目指したいかも」
と決意された方は、呼吸するように様々な書籍を読んでください。優れた書籍・論文は、ネット上にもあります。多くは当連載のように無料です。野生動物医学の地平はあまりに広大なので、読み込み対象はほぼ無限であり、この「呼吸」は比喩ではありません。
吸収後は公開を目指して文章化し、脳内に定着させる
大量にインプットをしても、時間が経てば忘れてしまうのが人間です。これを軽減させる工夫もしました。
私は、読んだ書籍・論文の印象、感想、問題点や課題などを書評・書籍紹介という形で商業誌・専門誌(ウェブ版を含む)などに投稿するようになりました。もし、あなたの指導教員が乗り気ならば、掲載してもらえるようにサポートしてもらいましょう。
ただし、その原稿は個人用の備忘録のようなものではありません。世界中の人々が読むことを前提に活字に起こしましょう。そうすると、緊張感が伴い、最終的に知識として定着すると考えます。
私が現役時に運営していた野生動物医学センター(WAMC、兼、医動物学研究室)では、所属した学生・院生・研究生たちに、書評・書籍紹介を課題として与えました。彼ら・彼女らは自身の興味関心で研究室へ来ていましたし、中にはこの施設を目指して入学された方もいました。自ら嬉々として取り組まれ、2020年には書評集が編まれたほどでした(図2)。

この冊子について興味がある方は、題名『酪農学園大学野生動物医学センターWAMCメンバーによる書評・書籍紹介集』で検索するか、以下URLにアクセスしてみてください。
・JVA NEWS、書評・書籍紹介集を編集 酪農学園大学 浅川満彦先生、2020年
https://buneido-shuppan.com/jvmnews/article/jvm20200116-004
・CiNii、酪農学園大学野生動物医学センターWAMCメンバーによる書評・書籍紹介集
https://cir.nii.ac.jp/crid/1970023484928883740
今でも書評執筆中
冊子表紙のデザインに、欧州の地図上を方位磁石に頼らず、または、頼れずに這いずり回るナメクジの油彩画を採用しました。原画真意は不明ですが、広大な野生動物医学進展のためには、このナメクジのようにジックリと、広範かつ確実に知識を蓄えていこうという解釈をしました。
私は、離職した今も書評・書籍紹介作成を継続しており、今回紹介した3冊も以下のような形で印刷済、または印刷・審査中です(2026年1月18日現在)。
みなさんも、野生動物医学の広大な世界に足を踏み込んでみてはどうでしょうか。
・『爬虫類の病気百科』:NJK(日本獣医師回覧版)にて印刷中
・『野生動物の保全と管理の事典』:野生動物医学会ニュースレターZoo and Wildlife Medicine News 62号での掲載審査中
・『哺乳類学の百科事典』:JVM NEWS
https://buneido-shuppan.com/jvmnews/article/jvm20251110-001
【執筆者】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学名誉教授、獣医師、野生動物医学専門職修士(UK)、博士(獣医学)、日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表として執筆・講演活動を行う。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)、『獣医さんがゆく―15歳からの獣医学』(東京大学出版会)など。
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