みんなに知ってほしい牛のおはなし【第12回】牛の育種改良―ゲノム育種 × OPU-IVFがつくる新時代

これまでの11回の連載では、牛のいきものとしての面白さや家畜としてのスゴさ、エサや病気のこと、私たちの健康とのかかわりなど、様々な角度から皆さまに知ってほしい牛のおはなしについて紹介してきました。今回は、これらをまとめる形で現在の牛がどのように作られてきて、どこに向かうのかをテーマに、育種改良とそれを支える高度技術について紹介します。

早くて正確な遺伝的改良を可能にしたゲノム育種

育種とは、望ましい性質を持つように家畜を改良することです。現在の牛は、乳牛であれば牛乳をたくさん搾れるように、肉牛であればサシの入った肉がたくさんとれるようにと、これまで長い時間をかけて改良され、その能力は飛躍的に向上してきました。遺伝的能力は、その牛が生まれつき持っている潜在能力であり、親から受け継いだ遺伝子によって決まります。優秀な個体を選抜し、選択的に交配していくことで群全体の能力が底上げされ、改良が進んでいきます。

牛の繁殖は、ほとんど人工授精で行われています。人工授精は、自然交配とは比較にならないほど、1頭の雄牛から多くの子牛が産まれます。そのため、雄牛を改良することで集団全体を効率的に改良できます。これまでは、種雄牛(しゅゆうぎゅう)候補となる雄牛を選抜するには、雄牛の精液を用いて多くの産子を生産し、その産子の成績から雄牛の遺伝的能力を評価する方法(後代検定)が主流でした。乳牛の場合には、産まれた娘牛(むすめうし)が成長して妊娠・出産し、泌乳して初めて評価できます。肉牛の場合は、産まれた産子が肥育牛として出荷され、枝肉成績が出て初めて雄牛の能力を評価できます。どちらも、4~5年以上の長い時間と多くのコストがかかります。

一方、近年主流となっているゲノム育種は、ゲノム情報(いきものが持っている遺伝情報全体のこと)を使ってその牛の遺伝的能力を予測し、選抜に用いる方法です。ゲノムにはSNP(スニップ:一塩基多型)と呼ばれる数万~数十万の遺伝子マーカーが存在します。
SNPとは、DNA配列上の特定の位置において、1つの塩基が別の塩基に置き換わったもので、個体により違いが生じている部分のことです。乳量成績や枝肉重量といった能力とSNP型の組み合わせの膨大なデータを集めることで、どのSNPがどの能力に関係するかを統計的にモデル化できます。この統計モデルを使って、調べたい牛のSNPデータから能力を予測することができるのです(これをゲノム育種価といいます)。

図1.SNP検査。DNA配列上の特定の位置で個体によって異なる1塩基の違いを調べる

このように、ゲノム育種はゲノム情報から遺伝的能力を評価するため、生後間もなくから高い精度で選抜することができ、従来の育種方法よりも改良速度が劇的に向上しました。また、従来の育種改良は雄中心でしたが、雌牛も生後すぐに高精度の遺伝能力予測が可能となりました。後継牛として残すかどうかの選抜を早期にできるようになったことで、雌側からの改良もどんどん進みました。さらに、ここに繁殖技術の革新も加わり、優秀な雌牛から後継牛を一気に増やすことが可能になりました。

優良雌の遺伝子を量産する繁殖技術の革新

OPU-IVF(生体卵胞卵子吸引・体外受精)は、超音波装置を用いて牛生体の卵巣内にある未成熟卵子を吸引・採取し、体外で受精させて胚を作出する技術です。ゲノム解析によって判明した高い遺伝的能力を持つ牛をドナーとして採卵し、ゲノム評価の高い種雄牛の精液で体外受精することにより、高能力の胚を量産することができます。ドナーにホルモン剤を処置して過剰排卵を起こし、人工授精した後で体内胚を回収する従来の方法と比べて、OPU-IVFは必ずしもホルモン処置が必要ではありません。短い間隔で反復実施できることから、同一の高能力母牛から短期間に多量の胚を生産することができます。さらに、胚は受胎率の高いレシピエントに受精卵移植することで、遺伝的に優れた子牛を計画的に増やすことができるのです。

OPUとIVFの概要

育種改良の未来

これまでの育種改良は、乳量や肉質といった生産性に主眼が置かれてきました。しかし、これからの育種は、健康面や環境負荷も重要なテーマになってくると思われます。病気になりにくく、農場で長く活躍できる牛は、農家にとっても大きなメリットです。ゲノム評価では、蹄病や乳房炎などの疾病にかかりにくいことや、受胎性が高いこと、長命性が高いことなど、従来の後代検定では評価しづらかった多様な健康形質に関しても予測することができます。これらを選抜対象に含んだ改良を行っていくことで、持続可能性や動物福祉の課題解決につながる可能性があります。

また、牛のゲップに含まれるメタンは、温室効果ガスの一つとして問題になっていますが、メタン産生量と遺伝の関連も研究されており(Uemotoら、2020)、遺伝的にメタン排出量の少ない牛を選抜することで、畜産による環境負荷を低減する取り組みも進んでいくかもしれません。

おわりに

どんなに優れた遺伝的能力を持っていても、それが十分に発揮されるかは環境要因によって左右されます。牛たちにベストなパフォーマンスを発揮してもらうためには、日々の健康管理やきめこまやかな栄養・衛生管理が重要であることは言うまでもありません。私たちがいつも安心、安全でおいしい畜産物を口にすることができるのは、畜産現場に携わる多くの方々の支えがあってこそですね。

本連載は、今回が最終回です。「牛のおはなし」は、普段ふれる機会があまりないテーマだったかと思います。しかし、牛肉や牛乳など、私たちは身近なところで牛と関わっています。
本連載が、皆さんが牛をはじめとする産業動物に興味を持つきっかけになれば幸いです。

[参考資料]
・増田豊、「家畜育種におけるゲノム情報の活用とその展望」、日本畜産学会報、91(3), 307-311、2020年
・牛のOPU実践マニュアル. 公益社団法人 畜産技術協会. 2023年3月、https://jlta.jp/test/wp-content/uploads/2023/12/OPU_manual_R5.3.pdf
・農研機構ウェブページ、「牛のげっぷに含まれるメタンを減らす技術」、https://www.naro.go.jp/laboratory/nilgs/enteric_methane/tech/157039.html
・Uemoto, Y et al. “Genetic and genomic analyses for predicted methane‐related traits in Japanese Black steers”, Animal Science Journal, 91(1), 2020

[写真出典]
・図1.ホクレン アグリポート 2024.02 VOL47、図2.SNP(スニップ)検査、https://agriport.jp/dairy-livestock/ap-17659/
・図2.独立行政法人 家畜改良センター webページ、生体卵胞卵子吸引・体外受精技術(OPU-IVF技術)、https://www.nlbc.go.jp/research/hanshoku/ushi.html

【執筆】
岩崎まりか(いわざき・まりか)
獣医師、博士(獣医学)。2010年に日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科を卒業後、山形県農業共済組合にて9年間、乳牛・肉牛の診療に従事。その後、同大学にて博士号を取得。同校でのポストドクターを経て、2022年より東京農業大学農学部動物科学科で、主に牛の生産性や疾病、飼養管理についての研究および学生教育に従事している。

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