野ネズミの骨でした!
前編で紹介した「乳白色灰状堆積物」は、図1左のようなバラバラになった頭骨(左)と臼歯(=奥歯、右)にわけることができました。多数の臼歯が、何となく2つのグループにわけられているのがわかるでしょうか?

図1右の臼歯のうち、左側がアカネズミ類、右側がヤチネズミ類です。このように、野ネズミは種類によって臼歯の形が全く異なるので、種の判別できます。
今回のアカネズミ類臼歯は、二股に棘のような突起(歯根)が見えました。一方、ヤチネズミ類にはこういった形の歯根は見えません。これは、今回のヤチネズミ類の多くが比較的若い個体であったことも示しますが、少なくとも今回溜糞とされた試料には2群の野ネズミ由来の骨が含まれていたことはわかりました。

「歯根未形成=若い」は何となく想像できると思いますが、アカネズミ類の年齢査定はどのようにするのか気になりますよね。それは、臼歯咬面(臼歯の食べ物を磨り潰す面)のすり減り方で月/年齢を推察します。それはそうと、アカネズミ類とヤチネズミ類の咬面を比べても、全く違うことがわかります(図3)。

アカネズミ類は雑食性なので、人の臼歯のように咬頭が発達しています。一方、ヤチネズミ類は牛や馬、ゾウのように草食性なので、咬面の形は洗濯板のようになっています。図3右の臼歯摩耗状態を見た限り、今回のアカネズミ類は老若が入り混じった個体がいたとわかりました。
臼歯ばかりの話でしたが、ネズミなら特徴的な切歯(前歯)は出なかったのかと不思議に思ったのではないでしょうか? 実際、この試料から切歯はほとんど見つかりませんでした。頭骨にごくわずかに付いていたモノはありましたが、それを見る限りアカネズミ類でした。しかし、この事実はとても大切で、「アカネズミ類のうち、ヒメネズミと骨格が似ているハツカネズミが、縄文時代の森町では認められなかった」という事実の裏付けを補強するものになりました。両種の特徴は、切歯の形態で鑑別可能です(図3)。

家ネズミは外来種!
実は、ハツカネズミは、縄文時代に日本人の先祖と一緒に日本列島にやって来た外来種です。森町遺跡がある地域にも到達していたのかどうか気になっていました。しかし、今回の試料検討に限っては、ハツカネズミが同遺跡が生じた頃、当該地域には達していなかったと考えることができます。
ここで、ハツカネズミが外来種だということに驚いたのではないでしょうか。外来種といえば、(本連載第22回でふれた)アライグマのような新顔を真っ先に思い付くでしょうが、人と一緒に本来の生息地から侵入、分布した種全てが外来種です。そうなると、いわゆるイエネズミ(または住家性ネズミ)は全て日本の外来種で、ハツカネズミの他にもクマネズミやドブネズミも同様です(他にもう1種ありという説も)。このあたりのことは、拙著『野生動物医学への挑戦』(東大出版、2021年)に明記しているので、興味がある方は読んでみてください。
また、私は北海道厚真町にある上幌内モイ遺跡で出土した、擦文時代(本州の平安~鎌倉時代ごろ)の動物由来試料の鑑定を依頼されたこともありました。その試料には、クマネズミと認められる切歯等骨片が含まれていたので(図4)、平安時代以降の日本では、北海道石狩低地帯含め広くイエネズミが分布していたことがわかりました。そして、今回のような私たちにご依頼いただいた動物絡みの考古学的依頼を通じて、動物主体の純粋に自然に起きたと見えるモノゴトであっても、その背景に人為的な要因があるかもと疑う目が養われました。もちろん、中には「野生動物の法獣医学」的な事件もあるかもしれません。

人法医骨検査から学べること
本題のタヌキの溜糞であったかどうかですが、今回の試料だけでは、タヌキが野ネズミを捕食して糞として排せつしたものかどうかは分かりませんでした。したがって、依頼者は試料糞便検査も依頼しましたが(前編参照)、そのちらの結果も芳しくはありませんでした。しかし、この点も法獣医学的には有益でしたので、別の機会に紹介します。
当方に依頼される「法獣医学ど真ん中」の案件では、謎の大量死や不審死と目されるような動物死体が運ばれてきました。その事例のいくつかを本連載で紹介してきました。多くの死体が腐って他動物に食べることで、骨皮だけの場合あるとも話しました。その一例として海鳥類の事例をお示ししましたね(当連載第3回の写真2の右)。
この場合は、羽毛があるので種は何とか判別できましたが、より進行して骨だけの場合もありました。しかし、言葉を返すと「骨」というモノは、このように考古学の次元でも安定しており、法獣医学的に適切に対応すれば多くの有益な手掛かりになり得ます。
この点は、当然ながら人法医学でも認識されており、「骨検査」として知られています。人骨か獣骨か、同一人か複数か、焼かれたか、人種・性別・年齢・身長、経過時間などを割り出すための手掛かりにされています。このような手法は、ヒト以外の種を扱う獣医学では不十分でした。野生動物の法獣医学を発展させるために人の法医学の理論・技術を学ぶべきと強く感じさせます。
これに関連して、次回はヒトの法医学的手法で常用される「毛髪検査」の獣毛版(強盗/詐欺事件や旧日本軍関連の負の遺産等)を紹介します。
[参考文献]
・久保真一ら共著、『学生のための法医学 改訂7版』、南山堂、2024年
・浅川満彦、「我が国の獣医学にも法医学に相当するような分野が絶対に必要!-鳥騒動の現場から」、野生動物医学会ニュースレター Zoo and Wildlife News、22号:46ー53、2006年、https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/2620
【執筆者】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学名誉教授、獣医師、野生動物医学専門職修士(UK)、博士(獣医学)、日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表として執筆・講演活動を行う。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著(近刊)に『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)、『獣医さんがゆく―15歳からの獣医学』(東京大学出版会)など。
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