「気候順化」という動物園の歴史
ヒマラヤに生息するニジキジは、オスの青く輝く羽色が特長の鳥です。
19世紀なかば、イギリスのヴィクトリア女王はロンドン動物学協会に、同協会の運営施設であるロンドン動物園でのニジキジの繁殖を依頼しました。このニジキジを繁殖する試みは、やがて「ヒマラヤに生息している鳥類のうち狩猟の対象となる全種を、ロンドン動物園で繁殖し、ヒマラヤと気候が似ているスコットランド高地に放つ」というプロジェクトへと繋がっていきます。しかしながら、ヒマラヤから輸送する過程で対象の鳥の大半が死亡してしまったことと、同時期にイギリスの植民地支配に対してインドが反乱を起こしたこととがあいまって、このプロジェクトはすぐに頓挫しました。
同時期にはフランスでも、南アメリカの家畜であるリャマをフランス国内に導入したり、フランスの植民地であったアルジェリアで乳牛などを飼育したりという試みがなされました。イギリスおよびフランスにおける、動物を本来の生息地と異なる土地の気候に適応させるこのような試みを総称して「気候順化」と呼びます(イギリスとフランスの気候順化について、詳しくは参考文献1をご覧ください)。
このように気候の異なる場所で動植物を飼育する「気候を超える試み」について語るうえで、欠かせない装置があります。
「気候を超える試み」を可能にする装置
千葉市動物公園の動物科学館は、熱帯雨林を意識して建物全体が構成されています。メインの展示エリアである大温室「バードホール」では、1階部分の観覧フロアに熱帯産の大木の特徴的な板根が再現されているほか、午後にはスコールを模した散水が行われます。
バードホールでは鳥類各種が飼育されているほか、フタユビナマケモノも飼育されています。散水の後に下の写真のようなユーモラスな姿が見られたこともありました。
動物園・植物園における温室は、異なる環境から連れてきた動植物を現地の寒さから守るという「気候を超える試み」を可能にする装置です。1848年にイギリスのキューガーデンにつくられた温室「パーム・ハウス」は、おもに100種近いヤシ類を植栽することでイギリス植民地の熱帯林を再現し、大英帝国の威容を示しました(参考文献2)。
このように動物園・植物園の歴史は、異国の動植物を飼育展示するという役割において、植民地主義や帝国主義のかげりをまとっているのです。だからこそ現在の動物園・植物園は、支配の誇示ではなく、世界のありようを考えるきっかけの提供を目的に営まれています。
千葉市動物公園の動物科学館は、2024年1月30日より大規模リニューアルのための長期休館となるため、12月中はリニューアルに伴う休館直前イベント(写真展・動物ガイド)が開催されています。リニューアルによりさらに充実するであろう展示を通して、動植物などの自然環境と人間との関係や、人間どうしのよりよい関係に光が投じられるのではと、期待がふくらみます。
[参考文献]
1.伊東剛史(2015)「帝国・科学・アソシエーション」近藤和彦・編『ヨーロッパ史講義』山川出版社
2. 芝奈穂(2018)「19世紀中葉イギリスにおける温室の社会的意義」『愛知学院大学文学部紀要』第47号
【文・写真】
森 由民(もり・ゆうみん)
動物園ライター。1963年神奈川県生まれ。千葉大学理学部生物学科卒業。各地の動物園・水族館を取材し、書籍などを執筆するとともに、主に映画・小説を対象に動物観に関する批評も行っている。専門学校などで動物園論の講師も務める。著書に『ウソをつく生きものたち』(緑書房)、『動物園のひみつ』(PHP研究所)、『約束しよう、キリンのリンリン いのちを守るハズバンダリー・トレーニング』(フレーベル館)、『春・夏・秋・冬 どうぶつえん』(共著/東洋館出版社)など。最新刊『生きものたちの眠りの国へ』(緑書房)が2023年12月26日に発売。
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