車がすれ違うのも難しい県道をひたすら進んだ先に、中ノ俣集落は存在します。限界集落と呼ばれる場所にありながらも、気比神社(けひじんじゃ)は力強い存在感を示していました。
この社には2つの猫伝承が伝わっています。そのひとつは公的記録にも残された猫又伝説であり、開祖宮崎家に残された古文書「猫又絶治実記」にその詳細が残されています。その古文書に描かれた内容を紹介します。
猫又絶治実記(ねこまたたいじじっき)
猫又絶治実記の記録(前編)
1682年(天和2年)のこと、中ノ俣村に住む乙松(22歳)が襲われ、無残な姿で発見されました。翌年の5月28日、角間に住む甚七郎(43歳)も襲われ、亡骸も奪われてしまいます。その年の6月1日、名の通った剛の者であった甚七郎の弟与平治(37歳)が、激しい攻防の末に敗れて絶命します。その様子を見聞きした村人たちは獣を恐れ、家に引きこもる日々が続きました。
生活に窮した村人は庄屋の平左エ門へ申し立てて、同年6月3日に代官所へ嘆願書を提出します。その結果として足軽50名が獣討伐の兵として組織され、さらには桑取谷中から700名余りを招集し、中ノ俣村では15~60歳までの男性すべてが招集され、計1077名による獣討伐がはじまりました。
しかし、容易には獣は見つかりません。6月6日に村の人々が土地神である産土神へ祈願すると、次のお告げがありました。
「我は明日、影無き鳶となって、かの獣が居る上を舞い遊ぶ」
お告げの翌日、海前峰の西麓にあたる木の芽坂の周囲の空に、不思議にも影の無い鳶が舞っているのが見つかります。軍勢はその場を囲んでじりじりと間合いを詰めていきました。するとススキ原の中から巨大な獣が起きあがったのです。
黒々とした巨体の獣の目は血走っており、地面に爪をこすりつけ、巨大な牙をガチガチと鳴らして威嚇しました。百姓では太刀打ちできません。役人の弓鉄砲で仕留めるために棚田へ誘導しようにも、獣はみじんも動きません。この討伐隊の中に、獣に立ち向かえる剛の者はいませんでした。
討伐隊の者共は茫然と立ちすくみ、為す術がないまま、ただ時間が過ぎていくのを待つことしかできなかったのです――。
(後編に続く)
気比神社の遍歴
826年(天長3年)、宮崎家の元祖である足海王(たるみのきみ)が越前国敦賀群の気比神社を中ノ俣大字角間の西上山麓、栗崎新田所有の土地に歓請したことが、気比神社のはじまりとされています。祭神は帯仲津日子尊(たらしなかつひこのみこと)、大物主神(おおものぬしのかみ)、建御名方命(たけみなかたのみこと)、八坂登売命(やさかとめのみこと)であり、相殿は保食神(うけもちのかみ)、息長帯姫尊(おきながたらひめのみこと)です。1176年(安元2年)に裏山大字宮谷へ御神体を遷宮しましたが、地滑りのために1526年(大永6年)には現在地へ遷座しました。
ご神体は秘匿とされ、現在の管理者すら視認したことがないそうです。過去に歴史学者が調査したこともありますが、数年で謎の死を遂げたため、現在は見ることができないとされています。ご神体を撮った写真もすべて処分されたということです。
気比神社
新潟県上越市中ノ俣223
[参考文献]
・伊丹末雄著『猫又絶治実記』, 1997年(編集・製本:田嶋力)
【執筆】
岩崎永治(いわざき・えいじ)
1983年群馬県生まれ。博士(獣医学)、一般社団法人日本ペット栄養学会代議員。日本ペットフード株式会社研究開発第2部研究学術課所属。同社に就職後、イリノイ大学アニマルサイエンス学科へ2度にわたって留学、日本獣医生命科学大学大学院研究生を経て博士号を取得。専門は猫の栄養学。「かわいいだけじゃない猫」を伝えることを信条に掲げ、日本猫のルーツを探求している。〈和猫研究所〉を立ち上げ、ツイッターなどで各地の猫にまつわる情報を発信している。著書に『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(緑書房)、『猫はなぜごはんに飽きるのか? 猫ごはん博士が教える「おいしさ」の秘密』(集英社)。2023年7月に「和猫研究所~獣医学博士による和猫の食・住・歴史の情報サイト~」(https://www.wanekolab.com/)を開設。
X(旧Twitter):@Jpn_Cat_Lab
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