カラス博士の研究余話【第8回】カラス、なぜ寄るの?

野口雨情作詞の童謡『七つの子』には「可愛い七つの子があるからよ」という一節があります。実際のカラスには「七羽の子」も「七歳の子」もいないため、「なぜ鳴くの」の解釈はさまざまです。歌詞に込められた雨情の想いについて、いろいろな想像ができます。

ところで、古来よりカラスは神に近い存在とされており、オーデン(北欧神話における全能の神)に仕えるフギンとムニンという2羽のワタリガラス、アラスカの先住民の神話に登場する世界の創造主としてのワタリガラス、日本の八咫烏(やたがらす)など、たくさんの伝承があります。一方で現実のカラスは、人の生活圏で生ゴミをあさったり農作物への食害を引き起こしたりする厄介者となっています。

「なぜ鳴くの?」を「なぜ(人に)寄るの?」に変えるだけで、想像の余地がない現実の光景を思い浮かべられます。今回は、現実のカラスについて「なぜ寄るの?」を考えます。

無意識の餌付け

「なぜ寄るの?」という問いは、想像を膨らませるまでもなく「人のそばには餌があるから」と答えられます。

人はさまざまな形でカラスに餌を提供しています。冷静に周囲を見回せば、たくさんの事例が見つかりますが、多くは無意識の餌付けです。

いくつかの事例を見ていきましょう。

カラスは憎くても平和のシンボルであるハトは可愛いのか、公園ではハトに餌をやっている光景をよく見かけます。本人はカラスに餌をやっているつもりはないのですが、賢いカラスは餌やりの脇でしっかり待機し(写真1、2)ハトのおこぼれを頂戴するどころか、人が離れると主賓気取りのふるまいをします。神社の境内でも同様のケースが見られます。

写真1:公園でハトに餌やりをする人

写真2:ハトの餌を横取りするために集まるカラス

また、バーベキューなどで出た食べ残しの放棄も、恰好の餌になります。カラスは、マナーの悪い行楽客を見抜くかのように賑わいを観察し、不始末をあとから綺麗に片づけるのです(写真3)。

写真3:放棄されたバーベキューの食べ残しに集まるカラス

ゴミの出し方にも餌付けの原因があります。せっかくカラス避けのネットが用意されていても、ゴミ袋がネットからはみ出すようなゴミの出し方では意味がありません(写真4)。

写真4:マナーが守られていないゴミ集積所

生ゴミを食べて増えたカラス

東京都のカラスの数は、1985年の調査(都市鳥研究会調査)では約7,000羽、1996年の調査(国立科学博物館附属自然教育園調査)では約14,000羽あまりに増え、2001年の調査(日本野鳥の会東京支部等調査)では推計で30,000羽から35,000羽あまりになりました。

バブル時代の「飽食・食べ残し」という負の遺産の片付けを担ったことで食に恵まれたカラスが、個体数を増やしたのです。そのころ、カラスはゴミ集積所で傍若無人のふるまいをしていました。深夜営業している飲食店が夜間に廃棄した生ゴミは、薄明から行動するカラスにはたまらないご馳走だったはずです。ゴミ集積所でも、カラス対策ネットからゴミ袋がはみ出した無責任な投棄が多く見られました。つまり、カラスにとって上げ膳据え膳のゴミの出し方だったのです。

この現状を解決するために、東京都はゴミの夜間収集(カラスの行動前の収集)や戸別収集(ゴミ袋の管理に個々が責任をもつため、各家庭の玄関先などでゴミを収集)に取り組みました。カラスの餌を絶つ作戦、いわば兵糧攻めです。さらには、罠捕獲による個体管理まで行われました。こうしたさまざまな試みにより、現在のカラスの個体数は「あまり気にならない程度」、つまり人間と共存しているのに近い状況になりました。

ただし、いったん増えたカラスを現状の個体数まで減らすには約20年の歳月を要しています。カラスは急には増えません。長期間にわたる無意識の餌やりでジワジワと増え、気づくと驚きの数になるのです。同様に、カラスは急には減りません。東京都がカラスと向きあってきた結果を示すデータは、東京都環境局のウェブサイトから確認できます(参考文献)。

ゴミのほかにも餌はある

生活の不始末のほかにも、人による無意識の餌付けがあります。収穫後のトオモロコシ畑の飛散粒(写真5)や、刈り取り株から伸びて稲穂になったヒコバエ(写真6、7)、畜舎の飼料(写真8、9)など、農業の現場にもカラスの採餌(さいじ)場がたくさんあるのです。

写真5:トウモロコシ収穫後の飛散した実を食べるカラス

写真6:小さな稲穂に実を結ぶヒコバエ

写真7:田んぼのヒコバエに集まるカラス

写真8:牛の飼料に含まれる魚粉(ぎょふん)、麦、トウモロコシなどを求めて畜舎に集まるカラス

カラスは人のそばに餌があると知っているので、どうしても人に寄ってきます。カラスを寄せ付けないためには、カラスの餌を絶つための人間側の工夫が必要です。

【参考文献】
・東京都環境局(2023)「生息数等の推移(取組状況)

【執筆】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。