イリオモテヤマネコ(ネコ科ベンガルヤマネコ属・学名Prionailurus bengalensis iriomotensis)は、1965年に西表島で学術的な発見がなされ、原始的な形質を有することから1967年に新種記載されました。現在は遺伝子解析により、ツシマヤマネコと同じベンガルヤマネコの一亜種とされています。
島全体が亜熱帯のジャングルである西表島には、固有のいきものが多数生息しており、イリオモテヤマネコもその一種です。
今回は、そんなイリオモテヤマネコの生態や、私たちが取り組んでいる保護活動についてご紹介します。
イリオモテヤマネコとは?
イリオモテヤマネコ(以下、ヤマネコ)は、日本固有の野生動物で、西表島にのみ生息しています。

西表島は面積289平方キロメートルほどの小さな島ですが、一般的に広いなわばりを必要とする野生のネコ科動物がこんなにも狭い場所に生息しているということも、発見当時に驚かれたことの一つです。
1977年に国の特別天然記念物、1994年に国内希少野生動植物種、2007年に絶滅危惧種ⅠA類に指定されています。2008年の調査結果では、推定生息数がおよそ100頭で減少傾向にあることがわかっています。2008年以降は個体数推定を行っていませんが、長期にわたって行っている自動撮影カメラを用いた沿岸低地部モニタリング調査では、個体数が安定しているという結果がでています。
※島内にはアクセスが困難な場所もあり、内陸部まで隈なく調査をする困難性から全島の「推定」個体数という表記になっています
観察してみよう
ヤマネコは薄明薄暮性と言われ、特に明け方と夕暮れの時間帯に活発に行動します。ヤマネコという名前なので山の中で出会えると思われるかもしれませんが、車を走らせていると、海沿いの道路上や田んぼ、畑のある農道でも出会えることがあります。私たちが生活している環境も、彼らにとっては生息地の一部なのです。
ヤマネコが世界最小の生息地で生きていける秘訣は、その食性にあります。一般的に、ネコ科動物はネズミやウサギ等の小型哺乳類を捕食しますが、そもそも西表島には小型哺乳類が多く生息していません。そのため、鳥類やカエル、ヘビ、昆虫、水中にすむ魚やエビなど、島にいるいきものをなんでも食べることで生き延びてきました。餌動物が多く存在するマングローブ林、河川や湿地、田んぼなどの水場がある環境をヤマネコは好みます。
西表島には島をぐるりと囲うように1本の県道が通っていますが、ヤマネコを道路上で観察できるのは、山から海へ様々な水場環境を移動しながら狩りをしているからといわれています。
生息数が多くなく、夜間に活動するヤマネコに遭遇することはかなり珍しいことですが、県道上ではヤマネコがいた痕跡を見つけることができます。それは、ヤマネコが残した糞です。

イエネコの場合は糞を砂などで隠しますが、ヤマネコはなわばりを主張するために目立つ場所に糞を残します。糞をよく観察してみると、消化されずに残った鳥の羽根や爬虫類の鱗、爪などが見えることがあるかもしれません。ヤマネコの糞の大きな特徴は、乾燥すると白くなることです。

糞の他にも、匂いで彼らの存在を知ることができます。ヤマネコは糞と同じく、なわばりをアピールするために尿を勢いよく吹きかけるマーキングを行います。ヤマネコのマーキング臭はとても刺激的な匂いがします。西表野生生物保護センターの展示室でも嗅ぐことができるので、ぜひ体験してみてください。
観察における注意点とマナー
運よくヤマネコに出会ったときは、そっと観察するようにお願いします。夜間に遭遇した際は強い光を当てすぎないようお願いします。ヤマネコは夜行性のため光に敏感で、パニックを起こしたり、ストレスを感じたりしてしまうことがあります。また、餌をあげたり、近づきすぎたり、追いかけたりすると人なれを助長してしまい、集落内や道路上に頻繁に出てくるようになってしまいます。そうなると、ヤマネコの交通事故や、集落内で飼育しているニワトリなどをヤマネコが襲うといったトラブルが起きやすくなります。
また糞を見つけた際には、触らないようにお願いします。野生動物は多くの病原菌を保有している可能性があるので、注意してください。
観察におススメの時期やスポット
6~9月にかけての仔育て期と、12~2月の繁殖期にヤマネコが多く観察されています。この季節はヤマネコにとって重要で、繁殖のためにデリケートになります。この時期に限らず、運よく出会えたときは遠くからやさしく見守ってあげてください。
なお、6~9月は他の野生動物も活動的になるので、観察におススメです。ヤマネコに出会えなかったとしても、西表島に暮らす沢山のいきものたちの息づかいを感じてみてください。
また、西表島を散策される際は足元にもご注目ください。海岸沿いの砂浜や、乾いた泥が見られる田んぼや湿地をよく探してみるとヤマネコの足跡を見つけることができるかもしれません。イノシシとはひづめの形で見分けがつくと思いますが、犬の足跡との違いは爪の跡がないところです。

おわりに
西表島は1972年に国立公園として指定され、自然公園法により大規模な開発行為などが規制されています。また、2021年に世界自然遺産として登録されて、観光利用によって自然環境を悪化させないためのルールが設けられています。これらの規制などによって、ヤマネコの生息地が大きく減少したり悪化しないように守られていますが、生息を脅かすリスクがいくつかあります。
たとえば、家畜として飼育されていたヤギが野生化して島の植物を食べることにより、生態系に影響が及んでヤマネコの餌資源が減少する可能性や、イエネコから致死性の高い感染症が伝染してしまう可能性など、様々な脅威が懸念されています(ただし、イエネコからの感染については、竹富町ネコ飼養条例によって西表島内には野良猫はいないため危険性は低い)。
中でも、ヤマネコにとっての大きな脅威の代表的なものは交通事故です。西表野生生物保護センターでは、1978年より交通事故のデータを記録しています。計測開始以降、起こった交通事故は101件で、そのうち死亡事故が92件です。交通事故にあったヤマネコの致死率は高いため、交通事故を未然に防ぐことが大切です。西表野生生物保護センターでは、ヤマネコの目撃情報集めていて、いただいた情報をもとに注意喚起の看板の設置や、SNSで交通事故の危険性のある場所についての情報発信をしています。

来島される際には、センターのホームページやSNSで最新情報をご確認ください。また、万が一事故が起こってしまった場合の対応を24時間体制で行っています。ヤマネコの交通事故に遭遇した場合には速やかにセンター(ヤマネコ緊急ダイヤル:0980-85-5581)に電話してください。現場にすぐに駆けつけて早期治療を行うことで救命につなげることができ、事故が起こってしまった原因を調べ、今後の対策に生かすことができます。
幸いなことに、2025年6月10日現在、ヤマネコの無事故日数が900日目を迎えました。記録をとり始めた1978年からこれまでに年平均2~3件の交通事故が起きていましたが、2年以上交通事故が起きていないことは異例です。これまでの交通事故の事例から、必要な対策を考えてきたことが役に立っているのかもしれません。たとえば、道路上に生き物が出てこないように、道路の下に野生動物のためのトンネル(アンダーパス)を作るといった工夫もなされています。

ヤマネコが多く目撃されていて、特に注意が必要な場所における対策として、道路沿いの草を刈ってヤマネコの存在に早く気づけるようにしたり、夜間に人が立って注意喚起をしたりしています。引き続き事故が起こらないよう、みなさまのご協力をよろしくお願いいたします。
【文・写真】
江川 博子
環境省 西表自然保護官事務所 希少種保護増殖等専門員。
【環境省西表自然保護官事務所】
〒907-1432 沖縄県八重山郡竹富町字古見(西表野生生物保護センター内)
【西表野生生物保護センター】
イリオモテヤマネコの保護活動の拠点として1995年に設立。
・ホームページ:https://iwcc.jp/
・Facebook:西表野生生物保護センター(西表自然保護官事務所)
・Instagram:@iriomote.iwcc
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