米どころのネズミ対策
標高1778メートルの八海山(はっかいさん)そのものをご神体とする八海山尊神社は、山岳信仰の霊場として崇拝されてきました。社のはじまりは、中臣鎌足が神託を受けて御室(現6合目)に祠を設けたことだと伝えられています。
このお寺では、ネズミ除けの猫札を購入できます。この神社でネズミ除けのお札を扱うのは、この地の農民たちが古くからネズミと戦ってきた背景があるからです。
新潟県魚沼市は、高品質な米の生産地として有名ですね。年8万トンの米の生産量を誇っており、魚沼産コシヒカリのブランド力も格が違います。ただし、豪雪地帯であるため、冬場は田畑で作業することができません。そこで、冬場の収入として養蚕も盛んな地域でありました。
しかし、米も蚕もネズミの大好物。そんな地域をネズミが放っておくはずがありません。米もさることながら、養蚕も多大な鼠害(そがい)を被ってきたのです。そう、稲作と養蚕の歴史は、鼠害との戦いの歴史でもありました。
このような背景から、この地域の多くの家で猫が飼育され、鼠害を最小限に抑える努力がなされていたのです。猫は穀物も蚕も荒らさず、ネズミだけを退治してくれるため、大切にされていました。猫はネズミ除けの象徴とされ、ネズミ除け猫札を貼れば鼠害を抑えられると信じられていました。
猫札に新たな役割?
現在では、稲作が一元化され、米の保管技術も向上したことから、農家における猫の役割も失われました。国内の穀物自給率の低下も、その一端を担っているかもしれません。
しかし近年になり、猫札の購入者が増えているそうです。猫ブームの影響で、猫グッズの1つとして人気を博しはじめたのが理由です。米や蚕を守る役目を終えた猫札は、新たな役目を得たようです。
実は、通年でネズミ除けの札を購入することができるのは、新潟県内では八海山尊神社のみ。ネズミ除け札の歴史は、猫と人の関係の移り変わりをよく現しています。ネズミ除け札を1枚部屋に貼り、猫との歴史に思いを馳せるのも良いかもしれません。
ちなみに、この神社では毎年10月20日に「大火渡大祭」が挙行されます。祭りでは、真っ赤に焼けた杉の炭の上を素足で渡ることで罪や穢れを浄化し、家内安全や無病息災を願います。1960年(昭和35年)に、泰賢行者の命日の半年後である10月20日を祭日としたのがはじまりです。だれでも自由に参加できるため、渡ってみてはいかがでしょうか。
八海山尊神社
新潟県南魚沼市大崎3746
【執筆】
岩崎永治(いわざき・えいじ)
1983年群馬県生まれ。博士(獣医学)、一般社団法人日本ペット栄養学会代議員。日本ペットフード株式会社研究開発第2部研究学術課所属。同社に就職後、イリノイ大学アニマルサイエンス学科へ2度にわたって留学、日本獣医生命科学大学大学院研究生を経て博士号を取得。専門は猫の栄養学。「かわいいだけじゃない猫」を伝えることを信条に掲げ、日本猫のルーツを探求している。〈和猫研究所〉を立ち上げ、ツイッターなどで各地の猫にまつわる情報を発信している。著書に『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(緑書房)、『猫はなぜごはんに飽きるのか? 猫ごはん博士が教える「おいしさ」の秘密』(集英社)。2023年7月に「和猫研究所~獣医学博士による和猫の食・住・歴史の情報サイト~」(https://www.wanekolab.com/)を開設。
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