犬などと同様に、ウサギにおいても神経疾患はとても多くみられます。それらを個別に詳しく解説していくと、情報量が膨大になり、とても複雑になりますので、ここでは神経疾患をおおまかに分類し、代表的な神経疾患ではどんな症状がみられるのか、どこを観察し、鑑別すれば(見分ければ)よいのかなどについて、ポイントを絞って解説します。
神経疾患の分類と概要
まずは、ウサギで注意すべき神経疾患をおおまかに分類し、その後に特に重要な疾患の概要を述べていきます。
中枢神経疾患
■脳炎
・細菌性脳炎
・ウイルス性脳炎
・エンセファリトゾーン感染
・アライグマ回虫感染
・トキソプラズマ感染
■脳腫瘍
■脊髄疾患
・脊椎損傷
中枢神経疾患とは、何らかの原因により脳や脊髄などの中枢神経に起こる疾患です。ウサギでは、脳炎、脳腫瘍、脊髄疾患が多く、その症状はさまざまです。
末梢神経疾患
■内耳炎、中耳炎
末梢神経とは、中枢神経から分かれて、全身の組織に分布する神経のことです。末梢神経疾患とは、これらの神経が侵され、機能が悪化することで起こる障害です。主に運動や感覚、自律神経に異常が発現します。ウサギでは、内耳炎や中耳炎からの波及に注意が必要です。
その他
■尿毒症
■肝性脳症
■胃、盲腸のうっ滞
■筋ジストロフィー
尿毒症とは、腎臓の機能が悪化し(腎不全など)、老廃物や毒素が体内に蓄積することですが、結果として脳に影響が生じます。肝性脳症も同様に、肝臓のはたらきの悪化により、有害物質が体内に蓄積し、それが脳に達することで、脳の機能が低下します。また、胃のうっ滞などの消化器疾患によって痛みを伴い、神経症状のように動きが悪くなることもあります。筋ジストロフィーは第12回で解説したとおり、ビタミンEの不足で発症します。
前庭疾患
■症状
・捻転斜頸
・眼振
・顔面麻痺
・前庭疾患性運動失調、旋回(写真1)
・発作
■原因
・中耳炎や内耳炎、もしくは脳炎(表1)
前庭疾患とは、平衡感覚をつかさどる領域の異常により、神経症状が現れることです。平衡感覚が障害されますので、左右のどちらかに大きく首を傾けた姿勢をとったり(捻転斜頸)、眼球がけいれんしたように揺れたり(眼振)、同じ場所をぐるぐる回ったり(旋回)します。顔面麻痺や運動失調、発作がみられることもあります。
前庭疾患は中枢性と末梢性に分けられ、中枢性の病変は脳(脳幹・小脳)、末梢性は脳以外(内耳・中耳)につながる神経の障害により発症します。
表1:耳か脳かの鑑別
病変部位 | 末梢(耳) 内耳、中耳 | 中枢(脳) 脳幹 | 中枢(脳) 小脳 |
---|---|---|---|
捻転斜頸 | 病変側 | 病変側、反対側 | 反対側 |
眼振 | 水平 | 水平、垂直 | 水平、垂直 |
運動失調・転倒 | 病変側 | 病変側、反対側 | 反対側 |
姿勢反応 | 異常なし | 起こりうる | 起こりうる |
脳神経異常 | Ⅷ(Ⅶ脳神経異常も起こりうる) | 複数起こりうる | 起こりうる |
意識障害 | なし | 起こりうる | 起こりうる |
末梢性前庭疾患
■原因
・経耳道感染
・外耳炎
・細菌感染
・真菌感染
・ミミダニ感染
・過度な耳掃除
・経耳管感染
・根尖(こんせん)膿瘍
・肺炎
・鼻炎
■診断
・MRI検査
・骨融解を伴う末期の中耳炎は、レントゲン検査やCT検査で診断が可能な場合もある
■治療
・中内耳炎の原因となる基礎疾患の治療
・膿が採取できる場合は、薬剤感受性検査(適切に抗菌薬を用いるための検査)に基づいた抗菌薬の使用
エンセファリトゾーン症
エンセファリトゾーン(Encephalitozoon cunicul)の感染による脳炎で、家兎脳灰白炎(かとのうかいはくえん)ともいわれます。齧歯目、食肉目、霊長目、ウサギ目など哺乳類に広く感染しますが、ウサギへの寄生が最も多いことが知られています。人では、後天性免疫不全症候群(AIDS)の患者さんでの発症が報告されています。
■原因
・エンセファリトゾーン(寄生虫)による感染
■感染経路
・尿による経口感染
・経胎盤感染(母体から胎子への感染)
■症状
・無症状キャリア(感染しているものの、症状が発現していない状態)
・脳炎→前庭疾患(写真2)、発作、てんかん
・ぶどう膜炎→白内障
・腎炎
・肝臓、心臓感染もみられるが無症状
■診断
・抗体価検査
*一般的にはIgG抗体価検査を実施することが多いが、特異性が低いため、現在の症状がエンセファリトゾーン感染によるものと断定できないこともある
*特異性が高いIgM抗体価検査も存在するが、感度は低く、発症から4~5週間後の測定が必要
*脳炎以外の肉芽腫病変の有無や脳圧の上昇に関しては、MRI検査が必要
*確定診断には病理検査が必要だが、部位が脳であるため、生前の診断は不可能
■治療
・ベンズイミダゾール系の駆虫薬の内服
・症状に合わせてステロイドの数日間の投与や、脳圧低下剤の静脈点滴などを行う
前庭疾患の予後
予後は症状の重症度に比例します。食欲の有無が予後の指標に使われることも多くあります。
捻転斜頸が残る場合には、怪我の防止のためにケージ内のレイアウトを変更したり、部屋んぽ(室内での散歩)中の転倒に注意します。
また、立てなくなった場合には、褥瘡(じょくそう)防止マットや寄りかかるための布団を用意してあげましょう。
てんかん・水頭症
■てんかん
てんかんの治療については、犬や猫と同様に、抗てんかん薬を用いて、発作をコントロールすることを目指します。しかし、ウサギに対する抗てんかん薬の使用については情報が限られ、投与できる薬剤も少ないのが実際です。
そのため、さまざまな薬品を用いて、発作をコントロールできるか、副作用が強く出ないかを試していくことになります。
■水頭症
ネザーランドドワーフやホーランドロップイヤーといった短頭種のウサギでは、頭蓋骨の癒合が不十分で、泉門が開口したままの個体も多く存在します。それにより、脳室が拡大する水頭症を発症する個体もいます。
MRI検査により診断しますが、CT検査で泉門の開口や脳の一部の異常が偶発的に発見されることもあります(写真3)。
脊椎・脊髄損傷
第12回でも解説したとおり、ウサギは骨が脆弱で骨格筋が発達しています。さらに、最長筋、腸肋筋、大腿筋膜張筋、中臀筋が集中する腰では、脊椎・脊髄損傷が起こりやすくなります。
■症状
・損傷部位より尾側の麻痺
■診断(写真4)
・レントゲン検査による脊椎の損傷、脱臼の確認
・レントゲン検査で判別できないときは、CT検査で確認
・正確な評価には、MRI検査による脊髄の確認が必要
■治療
・犬や猫と同様に、椎体固定手術を行うこともあるが、脊髄が回復しないと意味がない
・現実的には脊髄が改善しないことが多く、骨も脆いため、固定が困難
■予後
脊椎損傷では、完治が望めないことが多く、ケアが重要になってきます。歩行が困難になることから、車椅子を使用することもあります(写真5)。また、褥瘡の予防が重要になります。
排尿障害が起こることも多々あるため、尿道カテーテルの留置や圧迫排尿による排尿の補助が必要になってきます。多くの場合、排便や食糞も困難になります。排便に関しては、肛門周囲に便が付着し続けないよう清潔にしてあげましょう。
盲腸便を食べさせることは困難です、口元にもっていって、食べられるのであれば食べさせてあげるようにしてください。
脊髄軟化症を伴う場合もあります。脊髄軟化症が発症するかどうかは、経過をみなければわかりません。脊髄軟化症を伴った場合は徐々に進行していき、最終的には心臓や肺の機能が停止して、亡くなってしまいます。
おわりに
ウサギの神経疾患は、ここで紹介しただけにはとどまらず、数多く存在します。また、診断には麻酔を伴ったMRI検査を必要とすることが多くあります。どこまでの検査を実施するかは、かかりつけの獣医師とよく相談する必要があります。
ただし、自宅での症状をよく観察し、獣医師に伝えることで、ある程度まで疾患を絞ることも可能です。飼い主のみなさんに自宅で観察してほしい点を列挙しますので、受診の際、獣医師に伝えなければならない情報の参考にしてください。
・いつから症状がみられるか?
・症状は悪化してきているのか?
・眼振の方向は水平か、垂直か?
・捻転斜頸はあるか?
・頭を揺らしたりはしないか?
・食欲は低下しているか?
・食欲低下の場合、いつから、どの程度低下しているのか?
・食べ方は正常か?
・意識障害はあるか?
・発作はあったか?
・発作の頻度、時間はどの程度か?
・歩き方は正常か?
ウサギは動物病院の診察室に入ると、緊張から症状をみせないことがあります。また、飼い主さんがウサギの神経症状を言葉で正確に表現することは結構難しいものです。
そのため、自宅での症状を獣医師に正確に伝えるためのツールとして、動画をたくさん撮影することをおすすめします。獣医師は動画の情報から、そのウサギがどのような病気にかかっているのか、重要な手がかりを得ることができるからです。
この連載は、一般社団法人日本コンパニオンラビット協会(JCRA)「ウサギマスター認定者(ウサギマスター検定1級)」の獣医師で分担しながら、飼い主さんにも知っておいてほしいウサギの病気を解説しています。
・一般社団法人日本コンパニオンラビット協会
https://jcrabbit.org
[出典]
・写真1、3~5…『ウサギの医学』(著:霍野晋吉、緑書房)
【執筆】
兵藤礼人(ひょうどう・あやと)
酪農学園大学を2019年に卒業。獣医師。JCRAウサギマスター検1級認定。ウイル動物病院グループ・仙台動物医療センターに勤務(https://animal-99.com/ )。犬や猫の診療に加え、エキゾチックアニマル診療科を担当している。
【監修】
霍野晋吉(つるの・しんきち)
日本獣医畜産大学(現 日本獣医生命科学大学)獣医畜産学部卒業。獣医師、博士(獣医学)。1996年古河アニマルクリニック開業(茨城県)。1997年エキゾチックペットクリニック開業(神奈川県)。現在は株式会社EIC(https://exo.co.jp )の代表を務め、エキゾチックアニマルの獣医学の啓発や教育に関わる活動を行っている。その他、日本獣医生命科学大学非常勤講師、ヤマザキ動物看護大学特任教授、(一社)日本コンパニオンラビット協会代表理事、(一社)日本獣医エキゾチック動物学会顧問なども務める。著書に『カラーアトラス エキゾチックアニマル 哺乳類編 第3版』『同 爬虫類・両生類編 第2版』『同 鳥類編』『ウサギの医学』『モルモット・チンチラ・デグーの医学』(いずれも緑書房)。
[参考文献]
1.霍野晋吉. 第12章 神経疾患. In: ウサギの医学. 2018: pp.406-440. 緑書房.