はっけん! 日本の爬虫類・両生類【第3回】ハコネサンショウウオ Onychodactylus japonicus (Houttuyn, 1782)

日本の両生類として初めて学名がつけられた

両生類は大きく分けると、無尾目、有尾目、無足目に分けられます。このなかの有尾目の代表種としてよく知られるのはオオサンショウウオやアカハライモリですが、最も古く記載されたのはその両種ではなく、今回紹介するハコネサンショウウオです。名前からもわかるように、神奈川県の箱根産の個体をもとに、オランダ人医師Houttuynが1782年に日本の両生類として初めて学名をつけたのが始まりです。

写真:古くから知られるハコネサンショウウオ

それから240年あまり経ち、1種だと思われていたハコネサンショウウオは現在では7種に細分化されています。いくつかの種は限定的な場所にいて、この狭い日本で驚くべき分化をみせているのです。もしかしたら、まだまだ隠蔽種がみつかるかもしれません。

この種の特徴の1つとして、変態後も肺を持たず皮膚呼吸をすることがあげられます。また、卵を包む袋の形状も変わっていて、強い円筒状の袋に大きめの卵が入っています。産卵場所は伏流水のある源流域で、巨大な岩下に集まり産卵します。孵化した幼生は数年かけて上陸するため、様々な年代を経た幼生が沢でみつかることがあります。犬顔をした幼生は、流れの早い場所より、少し澱んだ場所の石の隙間などに潜んで暮らしています。

写真:ハコネサンショウウオの卵
写真:ハコネサンショウウオの幼生

ハコネサンショウウオとの出会い

私とハコネサンショウウオとの出会いは、山深き森を縫うように走る登山道を昼間に歩いていたときです。ふと地面をみると、成体が同じように林道を歩いていました。これには非常に驚きました。もっと驚いた出会いは、休息を取ろうと座った石の下にもいたことです。「こんなところにいたらおもしろいね」と話をしていたすぐ後に……。

このようにハコネサンショウウオとの出会いはいつも突然で、なかなか狙って出会えるものではありません。出会うチャンスの1つとして、産卵期に水場に集まる瞬間を狙います。といっても、産卵場所を特定するのは至難の業です。

もう1つは、ハコネサンショウウオは産卵場所への移動に人目につく路上を利用することがあるので、そのときです。これには少し条件があって、雨天の夜間が狙い目のようです。車を運転しているときに、すぐに目につく大きさの生きものが路上にいると徐行してよけられますが、雨の日の夜間となると、見慣れた人でないと非常に難しいところです。

サンショウウオとの共生

栃木県では、このサンショウウオの産卵期の大移動で車がスリップすることがあるようです。そこで登場したのが「サンショウウオトンネル」。山から出てきたサンショウウオを溝に落とし、そのまま道路の下に設けたトンネルをくぐらせることにより、事故を回避しつつ、産卵場所への誘導を可能にしています。人と野生動物が共存するための素敵な工夫の1つです。

「ハコネサンショウウオが人と関わりを持っているらしい」と聞き、福島県の檜枝岐村を取材したことがあります。その1つが、この地域でみられる食文化です。産卵にやってくるハコネサンショウウオを特殊なトラップで捕獲し、燻製にします。その燻製が雪で閉ざされる長い冬の食料として保存されていた名残が今もあります。残念ながら、漁をする人は年々減少しているようです。この漁は産卵期のハコネサンショウウオに打撃を与えそうですが、そこはちゃんと計算されていて、捕獲する沢を毎年変えることで捕獲制限をするなど、こちらも共存を図っています。

写真:ハコネサンショウウオの燻製

このように、サンショウウオ1つを取り上げてみても、生きものは1つとして欠けることが許されないことに思いが至ります。そのためにも、昔の人が山を歩き、生態を観察し、漁に生かした経験などを少しでも多く継承することが、生きものの保全につながると感じています。

写真:筆者が田上正隆さん(世界淡水魚園水族館アクア・トト ぎふ)とまとめた書籍『日本のいきものビジュアルガイド はっけん! 小型サンショウウオ』。日本に生息する50種の図鑑をはじめ、1年間の暮らしぶりや体のつくり、産卵や卵・幼生・幼体の様子などなど、小型サンショウウオについての知識が詰まった入門書です

【文・写真】
関 慎太郎(せき・しんたろう)
1972年兵庫県生まれ。自然写真家、びわこベース代表、日本両棲類研究所展示飼育部長。身近な生きものの生態写真撮影がライフワーク。滋賀県や京都府内の水族館立ち上げに関わる。
『日本のいきものビジュアルガイド はっけん!』シリーズ(ニホンヤモリ、ニホンイシガメ、オオサンショウウオ、ニホンアマガエル、オタマジャクシ、イモリ、トカゲ)、『野外観察のための日本産両生類図鑑 第3版』『同 爬虫類図鑑 第3版』、『世界 温帯域の淡水魚図鑑』『日本産 淡水性・汽水性エビ・カニ図鑑』(いずれも緑書房)、『うまれたよ!イモリ』(岩崎書店)、『日本サンショウウオ探検記 減り続ければいなくなる!?』(少年写真新聞社)など著書多数。最新刊『日本のいきものビジュアルガイド はっけん! 小型サンショウウオ』(緑書房)が2023年9月29日に発売。