雨風にさらされた苔むす岩肌の階段を上った先に、狛犬ならぬ狛猫がお出迎え。
生善院は、猫伝承の中でも古い歴史を持つ猫寺の一つです。境内は猫だらけ。庭やふすまはもちろん、境内に祀られた猫地蔵や奉納品まで猫だらけです。猫伝承の存在を確かに感じさせます。




こちらのお寺に伝わる猫伝承は歴史に紐づいた化け猫騒動で、猫伝承の中でも古いお話です。化け猫騒動といえば、芝居にもなった「有馬」「鍋島」「岡崎」が有名です。これらは日本三大化け猫騒動とも呼ばれます。有馬の化け猫騒動は、著書『和猫のあしあと』(緑書房、2020年)の「有馬家上屋敷跡」の項で詳しく説明させていただきました。今回は、生善院に伝わる化け猫騒動についてご紹介しましょう。

相良藩の化け猫騒動
当時の球磨地方は、わずか10歳の相良忠房(さがらただふさ)が、戦死した相良義陽(よしひ)に代わって統治していました。そんな球磨地方で、天正10年(1582年)3月にある噂が立ちました。昨年、義陽の腹違いの弟である相良頼貞(さがらよりさだ)が球磨の藩主になるためにこの地を訪れ、湯山城城主の佐渡守宗昌(さどのかみむねまさ)と、その弟である普門寺5代目住職の盛誉法印(せいよほういん)と共に謀反を企てていたという噂です。
宗昌をよく思っていなかった相良氏の家臣は、義陽と頼貞が不仲であったことを利用してこの噂を立てたそうです。つまり、冤罪をかけたのでした。
この噂を受けた忠房は、宗昌一族をことごとく退治するよう命じました。それを知った宗昌は、妻子や縁者を連れて普門寺に逃れ、謹慎の意を伝えるための使者を出しました。しかし、道中で使者が大酒して通達が遅延し、使者が来るとは知らない忠房側は普門寺を襲撃します。宗昌は日向に逃れることができましたが、盛誉は無残にも弟子と共に誅殺されてしまったそうです。その後、宗昌は無実である旨を申し開き、世論も深く盛誉の無罪を信じたことから、許されることとなりました。
盛誉の母は、冤罪により子が非業の死を遂げたことを深く怨み、姪の鶴菊女を伴って市房神社に断食日参しました。この時、愛猫の玉垂(たまたれ・たまだれ)も伴ったといいます。髪をかき上げ左右の指を噛み、その血を善神王や狛犬に塗って、玉垂にも嘗めさせました。「この度、寺に駆け入って無実の盛誉を刃傷した一家親族を七代まで、この怨みを我に代わって報わせたまえ」と声を上げ、胸を打って狂気のごとく呪詛したそうです。また、相良家にも怨みがあると呪い、茂間崎水神(もまがさきすいじん)に祈祷して日々憔悴していきます。4月28日酉の刻(17:00~19:00の夕暮れ時)、最期には玉垂と共に茂間崎の池に入水したといいます。法名を玖月善女大姉(くげつぜんにょだいし)とされ、湯前角井に葬られました。

この怨念によってか、盛誉を誅殺した当人と、大酒して遅延した使者が病死しました。さらに、この怨みは相良家に及ぶと噂立ち、慶長2年(1597年)には忠房の兄弟である千満も奇病を患うことになります。相良藩では、猫の怨霊が美女や夜叉に化けて藩主の枕元に立つなどの奇怪なことが次々に起き、これを怨霊の祟りと恐れ、青井阿蘇神社の西脇に祠を建てて盛誉と玖月善女の社として祀りました。
生善院のご住職のお話では、様々な土地に供養社を建てたが効果がなかったそうです。最後には、寛永2年(1625年)に普門寺の跡地に千光院生善院(一名猫寺)が建立され、現在の本堂や観音堂も当時のものだとされています。当時の藩主は、盛誉の命日である3月16日に市房神社と生善院に参詣するように藩民に命じ、藩主自身も参詣すると、怨霊の祟りは静まったと伝わっています。寛永6年には、京都仁和寺にて權大僧都法印盛誉の位が与えられました。

観音堂の左にある小祠が玉垂の塚とされています。現在は猫地蔵が建ち、その右には不思議な形の灯篭があります。これは、寛文年間(1661~1673年)に玉垂のために建てられた灯篭で、猫足になっています。


境内には「ねがい猫玉垂」の像があり、怨霊になってまで悲願を成就させた玖月善女と玉垂が祀られています。生善院では、何物にも代えがたい願いを持つ方ほど助けてもらえるかもしれません。

【生善院】
寛永2年(1965年)に相良長毎(ながつね)により、観音堂と共に創建された。厨子に納められる千手観音像は、玖月善女の影像とされている。御朱印に描かれる猫のモチーフは、院に伝わる猫のお守り札を縮小したものであるという。
住所:熊本県球磨郡水上村岩野3542
【参考文献】
・球磨郡教育支会 編、『球磨郡誌 下巻』、名著出版、pp.1384-1389、1973年
・生善院 掲題の案内
【執筆】
岩崎永治(いわざき・えいじ)
1983年群馬県生まれ。博士(獣医学)、一般社団法人日本ペット栄養学会代議員。日本ペットフード株式会社研究開発第2部研究学術課所属。同社に就職後、イリノイ大学アニマルサイエンス学科へ2度にわたって留学、日本獣医生命科学大学大学院研究生を経て博士号を取得。専門は猫の栄養学。「かわいいだけじゃない猫」を伝えることを信条に掲げ、日本猫のルーツを探求している。〈和猫研究所〉を立ち上げ、SNSなどで各地の猫にまつわる情報を発信している。著書に『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(緑書房)、『猫はなぜごはんに飽きるのか? 猫ごはん博士が教える「おいしさ」の秘密』(集英社)。2023年7月に「和猫研究所~獣医学博士による和猫の食・住・歴史の情報サイト~」を開設。
X:@Jpn_Cat_Lab
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