カラス博士の研究余話【第26回】カラスの親子認識

鳥の親子関係成立の仕組みとして、「刷り込み」という孵化後まもなく起こるヒナによる親の認知時期(臨界期)があることは、広く知られています。すなわち、ヒナの親を認識する脳のスイッチが入ることを指します。孵化直後のカモやアヒルの子が最初に見た親鳥を親と認識し、可愛く列をなして歩く様子を見たことがある人も多いと思います。スイッチが入る時期に親鳥ではないものを見みたら、それを親と認識する場合もあります。限られた時間に起きる不思議な現象です。

画像1.刷り込みによりヒナが親鳥と行動を共にする様子

ところで、カモやニワトリのように孵化直後から目が見えて採餌もできるヒナは親鳥について歩けますが、一糸まとわぬ姿で卵から出てくるカラスに、同じような刷り込みの期間はあるのでしょうか? 私も長いことカラスを見ていますが、孵化後に列をなして親について歩くカラスのヒナは見たことがありません。

親への認識の違い

生物誕生時における個体の完成度には、早成性と晩成性があります。早成性は、鳥でいえば、自力で餌を探して採食行動ができる状態で孵化するタイプです。成鳥のような羽は持ちませんが、羽毛も生え揃って体温保持能力もあり、視覚などの感覚器も機能しています。この例としてはキジやカモ、ニワトリなどがあげられますが、地面に営巣する鳥の多くはこのパターンに属すると考えていいでしょう。

一方、晩成性は孵化時には赤子で、まさに一糸まとわぬ姿で誕生します。

画像2.孵直後のカラスのヒナ

カラスはこの晩生性に属します。卵から出てきたヒナは開眼もしていません。巣立ちまでに、感覚や身を守る独立のための能力を身に付ける必要があります。

このような点を考えると、「刷り込み」は、早成性では孵化後一定の限られた時期に形成が観察されるものの、晩成性では「刷り込み」の存在に疑問が残ります。いわゆる記憶を作るスイッチが一瞬にして入るような、ドラスティックな現象が見えないのです。私はカラスの育雛も観察してきましたが、孵化後すぐは開眼しないので、視覚的に親の姿は認識されていないと考えられます。

興味深いことに、親鳥がヒナの餌を探しにでかけている間は、まだ首もすわらないようなヒナがぐったりして眠っているのですが、親が巣の近くに来ると、羽音か巣に舞い降りる音か何でわかるのか定かではありませんが、複数のヒナが一斉に大きく口を開いて頭を持ち上げるのです。

画像3.巣の中で眠っているヒナ
画像4.親鳥の気配に気が付いて一斉に口を開き頭を上げるヒナ

この様子を、やや無理はあるものの哺乳類の愛情形成と対比して考えると、H・F・ハーロウの愛情形成の「臓器的・反射的愛情の段階」に分類される行動と考えられます。なぜなら、親の気配に一斉に首を持ち上げる反応は、親の認識というより反射的な振る舞いに見えるからです。ちなみに、人の手をかざしても、親鳥にするのと同じように口を開いて頭を持ち上げます。

画像5.人の指が頭上にきても頭を上げるヒナ

親はいつから親になる?

それでは、いつごろから意識的な親子関係が始まるのでしょうか。

子育ては、卵を暖める抱卵時期(4~5月:抱卵は20日間)、ヒナを育てる育雛時期(5〜6月:孵化後巣の中で育てる時期は約1.5ヶ月)、幼鳥の巣立ちの時期(6〜7月)、教育の時期(7〜9月)に分けられます。ヒナを一人前にするには、それなりの時間がかかります。

親としての意識の芽生えは、メスが卵を産んだ時点であると思われます。なぜなら、この時期から警戒心からと思われる巣の守りが格段に強くなるからです。また、「転卵」などの親鳥による卵の世話から考えると、妊娠中のほ乳類がお腹の中にいる胎児を意識することと類似したステージかもしれません。

孵化後はヒナへの給餌や排せつ物の処理など、育雛が本格的になります。したがって、カラスの場合、仔が持つ親の認識はカモやキジなどの短期的な刷り込みではなく、育雛前期の親鳥の育雛行動によって少しずつ育まれ、その深さも増していく可変増強スイッチであると考えます。

[参考文献]
・H・F・ハーロウ 著、浜田寿美男 訳、『愛のなりたち』、ミネルバ書房、1981年
・仲谷 淳、『鳥類と哺乳類の晩成性・早成性』、哺乳類科学、(36)2、213-215、1997年

【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。

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