第21回で紹介した生善院から球磨川を渡った先には、市房山神社(里宮神社)が鎮座しています。ここは生善院の猫伝承に連なる神社です。
生善院の猫伝承の概要は以下のようなお話です。
謀反を企てたと冤罪を着せられた普門寺住職の盛誉法印(せいよほういん)は、無実の罪で誅殺されてしまいました。盛誉の母は、冤罪により子が非業の死を遂げたことを深く怨み、愛猫の玉垂(たまたれ・たまだれ)と姪の鶴菊女を伴って、市房神社で断食日参をしました。盛誉を殺害した一家親族に対して狂気のごとく呪詛し、左右の指を噛み、その血を善神王(ぜんじょうおう)や狛犬に塗りたくり、玉垂にも嘗めさせたのです。最期には、玉垂と共に茂間崎の池に入水しました。すると、盛誉法印の死にかかわった人々が次々に病死しました。誅殺を命じた相良家は、この怨念を鎮めるために普門寺の跡地に生善院を建てました。
このとき、藩主は盛誉の命日である3月16日に市房神社と生善院に参詣するように藩民に命じています。この市房神社こそ、今回紹介する市房山神社です。

猫寺春の大祭
現在でも、旧暦の3月16日に当たる日に、生善院と市房山神社への参拝が行われています。生善院では「猫寺春の大祭」と呼ばれているそうです。一般的には、市房山が「お獄さん」と呼ばれていることから、「お獄さん参り」とも呼ばれるようです。生善院から始まり、一宮神社で休憩しながら、市房山に鎮座する市房山神社本宮まで参拝します。
悲劇から生まれた慣習ですが、新たなご利益を生みました。市房山神社は縁結びのご利益があると評判になったのです。
「お獄さん参り」は、老若男女問わず、多くの藩民が参加した大掛かりなものだったようです。その道のりは決して楽なものではなく、若い男女が助け合う中で仲良くなり、この参拝がきっかけで縁を結ぶ若者が多くいたということです。このような背景から、市房山神社は縁結びのご利益があると評判となりました。


球磨地方は焼酎も有名で、多くの蔵元があります。また、温泉街もあり、観光地としても人気があります。球磨地方に足を運んだ際には、猫伝承巡りをしてみてはいかがですか?
市房山神社
霊峰市房山をご神体として、本宮、一宮神社、里宮神社の3社で構成される。初めは湯山にあり、普門寺の一部だった。猫騒動の後に無住の寺となったが、慶長9年(1604年)に湯前城跡に再興された。明治5年(1872年)に普門寺は廃寺となり遥拝所となったが、明治16年(1883年)の火災により全焼。その後、昭和9年(1934年)に里宮神社として再興された。軽巡洋艦球磨の記念館があることでも知られている。
住所:熊本県球磨郡湯前町3280-1

[参考文献]
市房山神社里宮神社ウェブページ:https://satomiyasan.jp/
【執筆】
岩崎永治(いわざき・えいじ)
1983年群馬県生まれ。博士(獣医学)、一般社団法人日本ペット栄養学会代議員。日本ペットフード株式会社研究開発第2部研究学術課所属。同社に就職後、イリノイ大学アニマルサイエンス学科へ2度にわたって留学、日本獣医生命科学大学大学院研究生を経て博士号を取得。専門は猫の栄養学。「かわいいだけじゃない猫」を伝えることを信条に掲げ、日本猫のルーツを探求している。〈和猫研究所〉を立ち上げ、SNSなどで各地の猫にまつわる情報を発信している。著書に『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(緑書房)、『猫はなぜごはんに飽きるのか? 猫ごはん博士が教える「おいしさ」の秘密』(集英社)。2023年7月に「和猫研究所~獣医学博士による和猫の食・住・歴史の情報サイト~」を開設。
X:@Jpn_Cat_Lab
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