野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第33回】「毛」は野生動物の法獣医学でも重要物的証拠

刑事ドラマの事件・事故現場で、「鑑識官」(警視庁刑事局、あるいは都道府県警察本部の鑑識課所属の警察官)が、水も漏らさぬ観察眼で毛髪を収集し、厳かに詳細検査のため科捜研(科学捜査研究所)へ手渡すシーンは定番ですね。そして、その試料をもとにDNA情報が得られ、容疑者が確定する鉄板の流れです。

このような世界は、獣医大学の片隅で野生動物(とその寄生虫)を専門とする私には生涯無縁だと思っていました。

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事件現場に残された「毛」の鑑定

私の勤務先には、しばしば警察の方がお見えになりました。複数の鳩死体などの、一般市民にとって不安な案件の相談で来られるので生活安全課の方が多いのですが、まれに刑事部の方が事件現場にあった証拠物と一緒に鑑定嘱託書を持ってきます。要するに刑事さんです。

私の勤務先は北海道にあったので、北海道警察さんから事件現場の遺留物鑑定の一環で、こういった頼み事がたびたびやってきました。多くが、冒頭で紹介した「毛」関連です。いきさつの一部は許可を得て、以下のような簡単な報告書にして公表しました。獣医学生たちに、野生動物医学ではこういった形で社会貢献ができるのだということを示すためでした。

・高木佑基、浅川満彦、「獣毛鑑定の一例」、森林保護、341、6-7、2016年
 https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/5312
・阿部春乃、徳宮和音、浅川満彦、「獣毛鑑定の続報」、森林保護、356、5-7、2022年
 https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/7055

もっとも、こういった報告書の文字面だけでは具体的な検査の流れや緊張感・臨場感などは十分に伝わらないので、可能な限りご紹介しましょう。

強盗犯の凶器の包丁に巻いたタオルに付いた毛と、獣毛モドキ等

上記のうち「高木・浅川、2016」は、2013年3月に道央某所で発生した強盗事件で、脅迫に使用された包丁を包んでいたタオルに付着していた獣毛様物の検査でした。まず、科捜研で現場にあったタオルを検査した際、計8本の毛の付着が確認されました。うち1本はヒト毛髪、もう1本はヒト毛髪あるいは獣毛に類似した別物、そして残り6本がヒト以外の獣由来の体毛と見なされ、酪農学園大学野生動物医学センターWAMCへ搬入されたのです(図1)。

図1.鑑定依頼時に持ち込まれた試料形状搬入時の様子。左:高木・浅川(2016)の筆頭著者である高木佑基さん(左)と搬入体毛試料の形状(右)

それにしても、科捜研の慧眼はテレビドラマ以上です。外観が毛のようなモノは世界に溢れていますが、そのような「毛モドキ」を確実にはじき出していました。それだけの力量があるのであれば獣種特定(同定)も可能だと思いますが、やはりそこは獣医師(獣医学研究者)の出番。科捜研で獣医師資格を持った方が強く求められる理由が垣間見えます。

使えるのは上毛だけ!

さて試料(図1右)分析ですが、「動物遺物学の世界にようこそ」(邑井ら、里の生き物研究会、2011年)にあった、上毛を使用する方法で行うことにしました。

獣毛は、上毛と下毛に大別されます。簡単に説明すると、上毛は太くて頑丈で紫外線や風雨などから守るはたらきをします。これは、英語名称である”guard hair”が端的に示しています。外観が真っ直ぐで突き出ており、あたかも動物体表に刺さっているように見えることから、猟師などから「刺し毛」と呼ばれることもあります。
一方、下毛は上毛に比べると短くて柔らかく、上毛の根元に密生しています。下毛は、体温保持(断熱材)の機能を持ち、あたかも鳥の羽毛を想像させるので「綿毛」とも呼ばれます。

当時行った獣毛鑑定では上毛のみを用いることにしたので、持ち込まれた試料のうち検査に適する6本から上毛を選別しないといけませんでした。その結果、使えるのはたった2本だけ! ラボ内は大パニックです。アプローチが全く異なる2つの方法で鑑定をする予定でしたし、それぞれで材料に直接影響を与える危険性のある処理が施されます。つまり、失敗が許されないということです。
その鑑定方法とは、スンプ法と透徹法(邑井ら、2011年)で、毛の表面と中(芯)を観察します。

毛の表面を観察する

スンプ法のスンプは”SUMP”で「鈴木式万能顕微鏡印画法 Suzuki’s Universal Micro-Printing Method」の略称です。市販のセルロイドを挟んだ専用の薄板(スンプ板、図2)と溶剤(スンプ液)を使い、物体表面の微細な型を破壊せずに採取して光学顕微鏡で観察する方法です。別名、レプリカ法とも呼ばれ、元来、葉(植物)表面の気孔や金属表面の微細構造などを観察するために開発されました。

図2.スンプ板(袋の中の白い板)。丸い部分は表面構造を写しとる部分

まず、スンプ法により獣毛表面の毛小皮紋理(もうしょうひもんり:キューティクルのこと、図3)を観察しました。この方法では毛表面の型のみを採るため、試料自体への損傷は少なく、もう一つの透徹法に使える可能性が高いので、今回のように材料が極端に少ない場合には有益な方法です。

図3.獣毛の模式図

その結果、紋理鱗状構造(もんりりんじょうこうぞう:毛の外層の構造のこと)では規則的配列は確認されず(図4)、イヌもしくはネコに類似している程度しかわかりませんでした。毛で動物種を同定する場合は、次のような図鑑が大変便利です。

・近藤敬治 著、「日本産哺乳動物毛図鑑-走査電子顕微鏡で見る毛の形態」、北海道大学出版会、2013年
・Teerink, B. J. “Hair of West-European Mammals” Cambridge University Press, 2004.

図4.スンプ標本観察で認められた毛小皮紋理の鱗状構造(Bar=100μm)

さらに使える試料が絞られ、たった一つに!

続いて行ったのは透徹法です。この方法では毛根部付近を観察する必要があるため、毛根部が欠損しているサンプルは対象外となります。幸い、1本には毛根部が認められましたが、緊張感はさらに高まります。手を震わせながら貴重な1本をスライドグラスに載せ、グリセリン・エタノール液を一滴垂らして透明な状態(透徹)にします。こうすることで、だんだん毛皮質*¹や髄質*²(図5)が見えてきます。透過が十分になったところを見計らい、髄質比*³(=毛髄質の直径/毛の直径×100)を求めます。今回は、約72パーセントとなりました。邑井ら(2011)によると、イヌが60パーセント以下、ネコが60~70パーセントですから、道警には、今回の試料は後者であると回答しました。
*¹毛皮質:毛の85~90パーセントを占める繊維
*²髄質:毛の中心部
*³髄質比:毛の太さに対する髄質の太さの割合。主にヒトの毛と動物の毛(獣毛)の鑑別に用いられる

図5.透過標本観察で認められた毛皮質と髄質の構造(Bar=100μm)

おわりに

後日、強盗に入られた家ではネコが飼育されていたことが判明し、結果に矛盾が無く助かったと感謝されました。事件の全容はもちろん話してはくれませんでしたが、殺人や傷害ではなかったような口ぶりでした。今思うと、やはりヒトが一番怖い動物だと確認できた貴重な機会でした。

ただ、使える試料がどんどん減っていたのは、今思い出しても冷や汗がでます。「事件を起こすなら手掛かりをできるだけ多く残してくれ」とお願いすることは出来ませんし……。

今回、皆さんには獣毛鑑定実際の一端を共有しました。よって、次回と次々回はここで述べた獣毛鑑定方法の詳細は省略させて頂きます。
次回は第二次世界大戦時に使用された軍用品の博物館に展示された標本を鑑定して、当時の人々が愛した犬猫の悲劇的な運命に切り込んだ話です。どうぞご期待ください!

【執筆者】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学名誉教授、獣医師、野生動物医学専門職修士(UK)、博士(獣医学)、日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表として執筆・講演活動を行う。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)、『獣医さんがゆく―15歳からの獣医学』(東京大学出版会)、分担執筆分として『新獣医学辞典』、『犬の内科臨床Part2』、『神の鳥ライチョウの生態と保全』、『獣医学教育モデル・コア・カリキュラム準拠寄生虫病第3版』(以上、いずれも緑書房)、近刊として『君たちの保全医学―地球環境を守るために知り・学び・変わる』(文永堂)。

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