芸をする鳥の代表格
江戸時代にあった、大名から庶民層にまで広がる鳥の飼育ブーム。スズメやウズラ、ウグイスなど、江戸時代以前から飼われていた鳥に、これまで飼育されてこなかった身近な鳥、さらにはブンチョウやカナリアなど、日本で繁殖に成功した海外産の鳥も加わって、非常に多くの鳥種が飼育されていました。
さえずりの美しい鳥、見目の麗しい鳥がもてはやされ、目と耳で楽しむ鳥の飼育が多かった中、「芸をする鳥」としてかねてより知られていたヤマガラは、独自のポジションを築きます。

ヤマガラが提供した娯楽。ひとつは、見世物小屋などで披露される「芸」を鑑賞するというもの。もうひとつが、自身でヤマガラを飼い、芸を教え込むというもの。こうした背景のもと、ヤマガラに「芸」を教え込む方法が詳しく記された飼育書も作られ、市中に流通していました。
平安時代から認知され、名称も固定
「山雀」と書いてヤマガラ。平安時代の歌集『拾遺和歌集』の中にも、山雀の名を見つけることができます。「山柄」や「山稜鳥」などの当て字が使われることもありましたが、「山雀/やまがら」の表記、名称は、この千年間、変わらず使われ続けています。

なお、「やまがら」の仮名表記においては、語尾に「め」をつけ、「やまがらめ」と記されることもありました。「め」は「すずめ」や「つばめ」の「め」と同様、小鳥をあらわす接尾語です。同じシジュウカラ科のコガラも、古くは「こがらめ」という名をもっていたことがわかっています。
接尾語の「め」は大型の鳥には使われないため、語尾の「め」だけで、スズメサイズの鳥であることが、その名を耳にする人々に伝わっていたようです。
なお、カモメも語尾に「め」がありますが、こちらは羽毛の斑紋が「籠の目」のように見えたことが由来とされ、小鳥の意味ではありません。

ヤマガラの芸、今、昔
ヤマガラの飼育は平安時代に始まり、鎌倉時代に社会の上層に広く浸透しました。当時の歌集『夫木和歌抄』の中に納められている僧侶にして歌人でもあった寂蓮法師の歌からもそれがわかります。
”籠の内も 猶羨まし 山がらの 身のほどかくす 夕がほの宿”
これは、籠の中で飼育されているヤマガラを観察し、詠んだものです。中をくり抜いた夕顔を巣のように使うヤマガラの様子を歌っています。こうした巣は、鎌倉時代以降も長く利用されたようで、江戸時代の飼育書の挿し絵にも見るこができます。
ヤマガラに芸を教え込む行為は鎌倉時代に始まりましたが、鎌倉時代から室町時代に行われていた芸はわずか数種類のみ。種類が増えたのは江戸時代になってからでした。
『喚子鳥』などの江戸時代の鳥の飼育書には、ヤマガラの芸として「つるべ上げ」や「水汲み」という名称が見えます。飼育書には芸の内容とともに、ヤマガラに芸を教える方法なども解説されていました。
鎌倉時代に始まった最古の芸である「つるべ上げ」には、中にクルミなどの種子が入った容器を、高い位置にいる自分のもとにたぐり寄せるもののほか、空の容器や水の入った容器をたぐり上げさせるものがありました。井戸の水汲みを模していたことから後者は「水汲み」とも呼ばれました。
『喚子鳥』には「つるべ上げ」のほかに、「輪くぐり」という芸も紹介されていました。「輪くぐり」とは、とまり木から飛び上がったヤマガラが籠の上方につるされた丸い輪の中を通り、ふたたび元のとまり木に戻る芸を指しています。
ヤマガラ籠の形状
総合的な飼育書である『喚子鳥』には、さまざまな鳥用の鳥籠(ケージ)が挿し絵として紹介されており、そこにはヤマガラ用の籠も描かれていました。
ヤマガラ籠は芸をさせることを前提に作られていたため、一般の小鳥籠よりも大きく、背の高いものとなっていました。「輪くぐり」にしても「つるべ上げ」にしても、小さな籠ではヤマガラの動きが制限されて、ストレスの多い生活になってしまうためです。
小さな籠を嫌うヤマガラを擬人化した歌も残っています。掲載されたのは、元禄16年(1703年)刊行の歌謡書『松の葉』です。
”山雀が 籠の中での 恨み言 かごが小籠で もんどり打たれぬ”
『ヤマガラの芸』(小山幸子著、法政大学出版局、2006年)によると、江戸時代においては、先の2つの芸のほかに「かるたとり」、「籠抜け」、「はしごのぼり」、「文使い」、「鐘つき」、「将棋の駒の選り分け」、「札取り」などが行われていたようです。
このうち「鐘つき」は、寺院の鐘楼(鐘撞き堂)を模した小さな建物の中にヤマガラが入り、紐つきの撞木(しゅもく)を操作して鐘を叩いてみせるものでした。「はしごのぼり」は文字どおり梯子を登ります。
なお、「はしごのぼり」や「鐘つき」は、飼育が許されなくなったヤマガラのかわりに、現在も多数が飼育されているブンチョウやインコを訓練して行わせることが可能です。

つるべ上げは、ヤマガラの習性を利用
止まっている枝の先に食べたい木の実があるものの、枝先まで安全に行くことができないとき、だれに教えられなくてもヤマガラは、片足で枝をつかんだまま、反対側の足で枝の先にある実をたぐり寄せて食べたりします。このようなヤマガラの習性を利用して訓練したのが、「つるべ上げ」や「水汲み」の芸でした。
籠から吊り下げられたロープの先に小さな容器(カップ)があり、その容器の中に食べたいものがあるとき、足とクチバシを使えばそれをたぐり上げることが可能なことにヤマガラは気づきます。もちろん最初は失敗もしますが、何度もやっているうちにコツをつかんでスムーズに持ち上げることができるようになります。
見栄えのよい籠にヤマガラを入れ、こうした芸を観客に見せることが見世物小屋の目玉のひとつになりました。
個体差はありますが、ヤマガラの脳はとても柔軟で、訓練を積むことで、教えた行動の手順をしっかり記憶することができます。こうして誕生したのが「ヤマガラの芸」でした。
ただ、ヤマガラの芸には誤解されていることもあります。
芸の種類が江戸時代に増えたのは事実ですが、芸がさらに増え、熟練度が上がったのは江戸時代ではなく、昭和の鳥ブームの時期です。
昭和の初期から中期に、東京・浅草の花屋敷の周囲でおみくじを引いてくれるヤマガラを見たという人も少なくないかもしれません。同じ頃、地方のお祭りで、屋台とともに並んだ小屋で芸を披露するヤマガラもいました。
しかし、鳥獣保護法が強化されたことでヤマガラは飼育ができなくなり、現在はその芸を見ることができません。ヤマガラの芸が死文化となってしまったことは、かえすがえすも残念でなりません。
【執筆者】
細川博昭(ほそかわ・ひろあき)
作家。サイエンス・ライター。鳥を中心に、歴史と科学の両面から人間と動物の関係をルポルタージュする。おもな著作に、『インコ・オウムの心を知る本』(緑書房)、『大江戸飼い鳥草紙』(吉川弘文館)、『鳥を識る』『人と鳥、交わりの文化誌』『鳥を読む』『人も鳥も好きと嫌いでできている』(春秋社)、『江戸の鳥類図譜』『江戸の植物図譜』(秀和システム)、『知っているようで知らない鳥の話』『江戸時代に描かれた鳥たち』(SBクリエイティブ)、『身近な鳥のすごい辞典』(イースト新書Q)、などがある。
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