カラス博士の研究余話【第31回】カラスに学ぶ心理的ストレス―生きとし生けるものみなストレスあり―

ここをタッチ、またはクリックすると目次が表示されます♪

いきものとストレス

前回は、飼育中のカラスには、生殖腺の発達もままならないくらいのストレスが身体に大きな影響を与えていることを紹介しました。

一方、日ごろ何気なく接している動物園の動物たちも、ストレスを感じていることが最近の研究で明らかにされています。その研究は動物福祉の主要なテーマにもなっていて、檻の中にタイヤやボールを吊るすなど、ストレス緩和の工夫が試みられています。チンパンジーなどの知能の高い動物ほど、ストレスへの感受性が高いようです。

人間社会においても、近年はストレス時代といわれています。精神的ストレスや生理的ストレスなど、いろいろな形でストレスへの反応が報告されているとともに、社会問題にもなっています。

カラスはストレスを感じている?

ところで、ごみ場漁りや死肉に群がるカラスを見ると、あまりストレスを感じていないのではないかと考える人も多いかと思います。生きるために大胆な行動を見せるカラスですが、動物として気の緩む摂食と排せつの最中でも警戒を怠りません。彼らは、それらの弱点をよく理解していると思います。ですから、そんな珍しいシーンをシャッターに収めようとカメラを向けたら、気配を感じてあっという間にその場を去ります。

カラスはこのような生態のため、当然心理面にも負荷がかかっているのは理解できるのですが、なかなか証明するのが難しいです。今回は、その証明への挑戦の一端、ストレス下におけるカラスの学習効果の差から覗いてみようとした事例を紹介します。まだ未熟なデータなので、研究の裏話のつもりで読んでください。

広い空間が学習能力に影響しているのかを確かめる

カラスは言わずもがな、普段は大空を自由に飛び回っています。その広大な空間が、カラスにとってどれだけ大事なのだろうと探ってみたくなりました。どのように探ったかというと、ケージの大きさを変えて、空間の広さが学習に影響するのかを試しました。人間には、閉所恐怖症があります。そのような狭い環境で学習しても、落ち着いて学ぶことは難しいと思います。そんなことを考えていたら、頭の良いカラスの空間と学習能力の関係を調べてみたくなったのです。

カラスを、約300×300×250センチメートルの広いケージ(大)で飼育して、〇と×の識別をさせます。通常、カラスによっては3~5日で覚えます。

具体的には、2つの箱のうち〇が書かれた箱に餌を入れ、外からはどちらに餌があるかわからないようにし、カラスがどちらかの蓋を破けば餌の有り無しがわかるというものです。餌箱の場所を変えながら提示し、10回中9回正解で学習成立としました(図1)。

このサイズのケージを標準として実験を始め、1日目は正答率50~60パーセントでした。しかし、2日目からは多くの個体が80パーセント、5日目にはほぼ100パーセントに達しました。さっそく、約105×73×60センチメートル(中)、70×70×50センチメートル(小)(図1)のサイズが異なるケージを作って実験しました。

図1.実験の概要。大きいケージから大、中、小

予想にたがわず、狭い空間で実験したカラスは落ち着きがなく、学習成立も中サイズのケージで平均7.7日、小では9日と大幅に学習成立に時間がかかることがわかりました(図2)。

図2.ケージ大では最短で3日、最長6日、中では最短7日、最長9日、小では最短8日、最長10日ですべてのカラスが正解率90%を超えた

生理的なストレスは目に見えますが、脳活動や心理的なものは目に見えません。やはり、環境が変わればストレスを感じるという前提で考える必要があります。
人では、カラスの空間に代わるものは心だと思います。見えない心の空間に無意識に圧をかけていることが、人社会の会社や教育現場ではさらに複雑化しながら、ストレスの影響が進行していることも考えられます。カラスのストレス学から、現代のストレス社会を考えてみました。

【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。

「いきもののわ」では、ペットや動物園・水族館、野生動物、動物関連イベントなど、いきものにまつわる様々な情報をお届け中!
メールマガジンでは、特集記事の紹介や次月特集の一部をチョイ見せ!
登録はこちらのフォームから。ぜひご登録ください!

各種SNSも随時更新中! ぜひフォローしてください!