野生動物は、家畜や伴侶動物と本質は同じでも、大きく異なる形で生命が営まれているように思います。たとえば、カラスの身体構造の理解は、鳥を共通項とした身近なニワトリの構造の知識から始まります。しかし、解明を進めると、ニワトリの常識とは様子が違ってくるのです。
実は、毎日タマゴを生み落とすニワトリ(年間平均280~300個)と野鳥であるカラスの産卵は、「似て非なるもの」です。カラスの産卵は一過性であり、年間で2~5個です(図1)。しかし、この「非」を体験したことがなければ、似ている側、つまりニワトリの常識に立って考えます。そして、野生とのずれが分からず、ドツボにはまってしまいます。
今回は、私がカラスの研究を始めたばかりのころに、そんな落とし穴に落ちてしまった話を紹介します。

野生下と飼育下のギャップ
4月になると、多くの野鳥がそうであるように、カラスも子育ての時期になります。いわゆる繁殖期です。そもそも、カラスを研究の対象にしようとした一つの狙いは、カラスのヒナを入手することでした。カラスは賢い鳥として定評があるので、飼育下でカラスに子どもを産ませ、そのカラスに英才教育をしてみたいと考えていたのです。そして、世界で多く報告されているカラスの知的行動研究の一線に立とうと、身の程知らずの計画を考えていたのです。
私は、研究を目的とする捕獲許可を取って、ハシブトガラスを数羽ずつ約3×3×3.5メートルのケージで飼育し、繁殖行動の観察を始めました。飼育をして卵を得るという、ニワトリの常識に立って研究を始めたのです。しかし、2~3年観察を続けてもケージの中のカラスは卵を産むどころか、巣作りの兆候すらみせません。数年の間、無知から来る期待と、それに裏切られることの繰り返しでした。
そうこうしている間に、有害鳥獣駆除の対象になったカラスの解剖を定期的に行う機会に恵まれました。そこで分かったのですが、自然界で生きているカラスは、3~4月に精巣(図2)も卵巣(図3)も他の季節に比べて劇的に大きくなることがわかりました。この時期の精巣と卵巣のサイズは約9×12ミリメートル、それ以外の時期は米粒大の大きさで、かろうじて視認できる程度なのでした。


生殖腺の大きさが、年間で劇的にかわることなど予想していなかったので、驚きました。おそらく、自然の中で生き抜くために、不要なときは最小の容積にして軽量化を図り、いざという時はマックスで機能するようになっているのでしょう。
そこで、飼育ケージのカラスはどうなのだろうと、核心的な疑問が生じました。それから2年間、野生下では繁殖期にあたる飼育下のカラスを手術により開腹して、精巣・卵巣を確認してみました。すると、飼育下のカラスは繁殖の季節になっても、卵巣・精巣が発達していないことが分かりました。つまり、精巣も卵巣も非繁殖期と同じサイズなのです。囚われの身のカラスは次世代など考える余裕がないのかと、人間風に考えるのも一つですが、環境ストレスが副腎に作用して繁殖ホルモンの分泌を抑制していることが原因だと、その後の研究で分かりました。
生理的な繁殖放棄でしょうか。命の継承には、環境的な支えとそれに敏感な野生の感覚が両輪となり保たれていることを、あらためて感じたできごとでした。
【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。
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