猫伝承を調べていると、様々な出会いがあります。
たまたま急な出張が入り、そのついでに社寺を訪ねることもよくあります。社寺に勤めるほとんどのご神職やご住職、そしてご家族の皆様方は快くお話を聞かせてくださり、心温かい気持ちになります。現代社会から離れ、徳を積まれた方々から説法を受けることは、とても心安らぐものです。これも、私が猫伝承を集める理由の一つになっているのかもしれません。
ここ、正念寺も思い出深い社寺の一つで、訪問させていただいた後にお手紙まで送ってくださいました。とても親切で、熱心なご住職のお人柄を思い浮かべることができます。
私が調べた正念寺の猫伝承について紹介すると、興味深く聞き入ってくださいました。皆さんにもその話を紹介しましょう。

窓から伸びる猫の手
置賜(おきたま)地方の貝生(かいしょう)辺りの山上に、それは奇麗な娘が住んでいました。ある時、その娘が病気で亡くなってしまいます。その葬式には、荒砥(あらと)にある正念寺の和尚様が呼ばれることになりました。
和尚様と小僧さん二人が山を登っていくと、不思議なおばあさんに出会いました。おばあさんは、しきりに何かを小声で話しています。しかし、うまく聞き取ることができなかった二人。あきらめて娘の家に向かうことにしました。
ようやく和尚様御一行が娘の家にたどりつきました。一息つくのも束の間、家族から「早く葬式を出せ!」と、急かされてしまいます。和尚様たちが鉦(かね)を叩きながらお経を読んでいると、風が激しく叩きつけるようになり、次第に大嵐となりました。ひょうまで降ってきたかと思うと、開いていた窓から和尚様の肩に伸びるものがありました。それは、毛むくじゃらの大きな猫の手でした。
和尚様は慌ててその手を払いのけました。そして、猫が死体をさらうと聞いたことを思い出し、和尚様は直ちに野辺送りをすると決め、急いで墓まで棺を担いで運ぶことにしました。棺を運ぶ最中、嵐はひどくなるばかり。雷まで鳴り始めました。近くで雷がはじけた瞬間、棺を抱えていた人が轟音に驚き、棺をひっくり返してしまったのです。慌てて元に戻そうとしましたが、その時すでに棺の中身は空っぽになっていました。
この死体をさらったものの正体こそ、貝生の山峯に住む山猫でした。この山猫は若い女の血をたいへん好んでおり、死んだ娘を見染めていたのです。
その後、娘の着ていた白い着物が木の根に引っかかっていたことが判明します。この時期、このような事件がいたるところで起きたと伝わっていたそうです。
おわりに
正念寺にこの猫伝承は伝わっていなかったようでしたが、現代のご住職はたいへん猫好きで、同寺に猫伝承が存在していたことを大変喜んでいました。これから、猫伝承の伝わる社寺の一つとして、語り継がれていくかもしれません。

正念寺
建武3年(1336年)に創建された、浄土宗の寺院。境内には丈六地蔵尊という大きな仏像が鎮座している。これは、洪水で母子を失い、再び堤防が切れることを恐れた男が化身した大岩から掘られたお地蔵様と言い伝えられている。足の悪い子どもの足と交換したことで、自身は歩けなくなり座った姿となったが、子どもは立ち上がることができるようになった伝説も伝えられている。
そのほか、養蚕守護の弁天様の化身として4匹の白蛇伝説も伝わっている。
住所:山形県西置賜郡白鷹町大字荒砥甲885
[参考文献]
・稲田浩二、小澤俊夫編、日本昔話通観、第6巻、pp.127-130、1986年
【執筆】
岩崎永治(いわざき・えいじ)
1983年群馬県生まれ。博士(獣医学)、一般社団法人日本ペット栄養学会代議員。日本ペットフード株式会社に就職後、イリノイ大学アニマルサイエンス学科へ2度にわたって留学、日本獣医生命科学大学大学院研究生を経て博士号を取得。現在は麻布大学獣医学部寄付講座ペットケア&ニュートリション研究室 特任准教授。専門は猫の栄養学。「かわいいだけじゃない猫」を伝えることを信条に掲げ、日本猫のルーツを探求している。〈和猫研究所〉を立ち上げ、SNSなどで各地の猫にまつわる情報を発信している。著書に『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(緑書房)、『猫はなぜごはんに飽きるのか? 猫ごはん博士が教える「おいしさ」の秘密』(集英社)。2023年7月に「和猫研究所~獣医学博士による和猫の食・住・歴史の情報サイト~」を開設。
X:@Jpn_Cat_Lab
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