野生動物の法獣医学と野生動物医学の現状【第34回】旧日本軍の軍装獣毛から動物愛護を考える

ウクライナやイランなどの現状はきな臭い。その嗅覚は、戦後生まれの私ですら、先の大戦を容易に連想してしまいます。

皆さんは、当時、戦争遂行のために犬や猫などの毛皮が軍装に使われたことは御存知でしょうか。戦時では動物愛護も簡単に吹き飛ばされますが、今は平時。その事実を回顧、検証する余裕があります。

旧日本軍で利用された動物の毛皮

10年程前、私どもの研究拠点に、道内公立博物館に展示されていた旧日本軍の寒冷地用外套(がいとう)および軍靴が運ばれ、それらで用いられた毛皮の鑑定を行いました。この結果は次のような形で公開されています。

・垣内京香・浅川満彦、「旧日本軍用防寒外套および防寒靴に用いられた毛皮の鑑定」、芦別・星の降る里百年記念館年報、22:21-26、2016年
https://rakuno.repo.nii.ac.jp/records/2646
・西田秀子、「アジア太平洋戦争下、犬猫の毛皮供出、献納運動の経緯と実態-史実と科学鑑定」、第5章、札幌市公文書館年報第3号、2016年
https://www.city.sapporo.jp/kobunshokan/kankobutsu/documents/ronkou3-3.pdf

さらに、これら結果に触発され、平和教育・啓発用の児童書も上梓されました。

・井上こみち 著、「犬やねこが消えた-戦争で命をうばわれた動物たちの物語」、Gakken、2008年
https://hon.gakken.jp/book/1020295800

今回は、この結果を皆さんと一緒に確認し、当時の悲惨な状況を見つめてみましょう。

展示資料の軍装の鑑定を依頼される

問題の試料は、芦別市・星の降る里百年記念館に所蔵されていた、第二次大戦中に中国戦線の旧日本陸軍(満州関東軍)により使用された、昭和17年(1942年)製の防寒外套と防寒靴で(図1)、そこから慎重に獣毛を抜きました(図2)。

これらの製造年は、アメリカ等へ宣戦布告した翌年です。急遽準備したのでしょうか。

採材された試料に対し、前回説明したスンプ法、および透徹法による形態測定を行いました。

図1.試料を採材した旧日本陸軍の防寒用外套全体像(上図)と採材箇所となる右袖部位(下図左)、および防寒靴(下図右)
図2.試料採材の様子

外套には猫の毛皮

まず、外套から調べました。外套とは、コートのことです。極寒の戦地に送られた兵士の命を守ったのは、誰かの愛猫でした。それを証明したのがスンプ法。外套獣毛には顕著なダイヤ状の模様が観察され、これは猫の毛小皮で見られる特徴です(図3)。犬では認めらません。

図3.旧日本陸軍防寒外套から採取した獣毛をスンプ法で観察(Bar=100μm)

より確証を得るために透徹法も試した結果、皮質/髄質比は57.8~65.8パーセントでした(図4)。犬は60パーセント以下なのに対して、猫では60~70パーセントです。髄質、つまり空気が占める部分が大きいので、猫体毛のしなやかさはこの値の大きさで納得です。
試料のなかには、約60パーセントと犬と猫の中間値を示すものもあり少し悩みましたが、そういったものは少数派だったので、外套の毛皮は猫と結論付けました。

図4.旧日本陸軍防寒外套から採取した獣毛を透徹法で観察(Bar=100μm)

防寒軍靴用の毛皮はヤギやヒツジが規定だが、犬の可能性も……

旧日本陸軍が定めた軍装品製造に関わる規定では、中国戦線の防寒靴にはヤギかヒツジの毛皮を使用することが決められていました。鑑定も、これらの獣毛であることを前提に作業を進めました。獣種が絞られたことは喜ばしいことですが、先入観にとらわれる危険性もあります。搬入された軍靴毛皮の手触りは硬く、ヤギの毛の感触と類似していました。

しかし、前述した方法を用いて客観的にデータを示さないといけません。まず、毛小皮は猫のような規則性は無く(図5)、ヤギか犬に類似していました。一方、皮質/髄質比は41.6~60.2パーセントで、ヤギの約80パーセントに対してやや低値でした。

図5.防寒靴に使用された獣毛の毛小皮。規則性は見られなかった(Bar=100μm)
図6.防寒靴に使用された獣毛の皮質/髄質(Bar=100μm)

以上から、軍靴で用いられた毛皮は犬、あるいはヤギであると結論付けました。明確な結論が得られなかったのはスッキリしませんでしたが、少なくとも、外套で使われた猫の毛皮ではありませんでした。軍靴は、着用時の力のかかり方が外套とは異なり、擦り減り方が著しかったのでしょう。これが毛小皮の観察が難しかった原因であると想像しています。

動物愛護の前提は平和

大戦下の日本では、多くの家庭で飼育されていた犬や猫が軍需用の毛皮材料として強制的に供出されました。本来の軍装ではウサギを使いましたが、不足することが多く、その代用品として犬や猫を使用しても良いと規定されていました。無論、これらは忘れてはいけない歴史的な事実。平和だからこそ、人々は動物愛護を考え、実践しようという余裕が生まれます。そのためにも、戦争は避けたいですね。

【執筆者】
浅川満彦(あさかわ・みつひこ)
1959年山梨県生まれ。酪農学園大学名誉教授、獣医師、野生動物医学専門職修士(UK)、博士(獣医学)、日本野生動物医学会認定専門医。野生動物の死と向き合うF・VETSの会代表として執筆・講演活動を行う。おもな研究テーマは、獣医学領域における寄生虫病と他感染症、野生動物医学。主著『野生動物医学への挑戦 ―寄生虫・感染症・ワンヘルス』(東京大学出版会)、『野生動物の法獣医学』(地人書館)、『図説 世界の吸血動物』(監修、グラフィック社)、『野生動物のロードキル』(分担執筆、東京大学出版会)、『獣医さんがゆく―15歳からの獣医学』(東京大学出版会)、分担執筆分として『新獣医学辞典』、『犬の内科臨床Part2』、『神の鳥ライチョウの生態と保全』、『獣医学教育モデル・コア・カリキュラム準拠寄生虫病第3版』(以上、いずれも緑書房)、近刊として『君たちの保全医学―地球環境を守るために知り・学び・変わる』(文永堂)

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