猫好きさんにおすすめスポット【第26回】山形:正源寺 燃える3つ指

猫にまつわる伝承を訪ね歩いていると、猫と死体を結び付ける物語が多いことに気がつきます。その代表格が火車(かしゃ)です。火車は、悪人の亡骸を奪う妖怪として各地に伝わっていますが、地域によっては火車の正体を巨大な猫や猫の妖怪として描くことも多く、猫伝承の中でも特に有名な存在です。今回は、山形県新庄市の正源寺に伝わる火車伝説をご紹介します。

正源寺 本殿

晴れ空に突然現れた黒雲

時は江戸時代初期。戸沢氏が新庄へ国替え(大名を別の領地に配置換えする政策)となった頃、まだ新庄城は完成しておらず、藩主は真室川の鮭延城を仮の居城としていました。

ある日、家臣の妻が亡くなり、正源寺で葬儀が営まれることになりました。
その朝は風ひとつない快晴でした。金銀で飾られた棺を中心に、厳かな葬列が正源寺の山門へ差しかかったその時、一人の侍・戸沢古四郎兵衛が空を見上げ、突然大声を上げました。

「怪しい雲が来る。早く身を隠せ!」

人々が見上げると、畳1枚ほどの黒雲が猛烈な速さで近づいてきました。黒雲はみるみるうちに空一面を覆い尽くし、昼間とは思えない暗闇になりました。そして激しい雷鳴とともに、滝のような豪雨が境内を襲いました。

棺を奪おうとした炎の手

参列者たちは本堂へ逃げ込みますが、古四郎兵衛と二人の和尚だけは棺のそばを離れませんでした。本堂では、明かりを灯そうと、ろうそくに火を何度つけても消えてしまい、7度目でようやく明かりが灯ったといいます。

その頃、黒雲は棺の真上まで迫っていました。突然、稲妻が走ると、雲の中から3本指の炎のような手が伸び、棺をつかみ空へ持ち上げようとしました。古四郎兵衛と和尚たちは必死に棺へしがみつきますが、棺は少しずつ宙へ引き上げられてしまいます。

古四郎兵衛は素早く太刀を抜き、天へ向けて構えました。その瞬間、大きな雷鳴がとどろき、黒雲は一塊となって境内の芝垣へ落下したのです。すると、徐々に空は晴れ渡り、葬儀を無事に終えることができました。

正体は猫の妖怪「火車」

この出来事を見ていた村の古老によれば、あの火のような腕は「火車」という妖怪の腕で、死者をさらっていくということでした。

火車は仏教説話を起源とする妖怪ですが、日本各地では、巨大な猫や年老いた猫が変化した妖怪として語られる例が少なくありません。雷や黒雲、炎とともに現れ、棺や亡骸を奪うという伝承は東北地方にも数多く残されています。正源寺に伝わるこの物語も、そうした火車伝承の1つとして受け継がれてきました。

現代では、猫は身近で愛らしい存在ですが、昔の人々は猫に神秘的な力を感じていました。長生きした猫は不思議な力を持つと信じられ、化け猫や猫又、そして火車へと結びついた地域もあります。正源寺の火車伝説は、雷鳴と黒雲という迫力ある情景とともに、人々が抱いていた「死」と「猫」への畏敬の念を今に伝える貴重な民話です。

猫好きの方も、妖怪や民話に興味のある方も、新庄を訪れた際には、この伝説が残る正源寺で当時の人々が見た空を思い浮かべてみてはいかがでしょうか。

正源寺山門

正源寺

約450年前の天文5年(1536年)に鮭延典膳貞綱公の菩提寺として創建された。境内に建つ山門は、かつて湯殿山大日坊の総門として使われていたものを移築したもので、新庄市の指定文化財に指定されている。この山門は、江戸時代末期に作られたといわれ、昭和36年、正源寺23世閑雲旭処大和尚の代に正源寺に移された。山門前の境内に線路が走る、国内でも珍しい寺社の1つ。
住所:山形県真室川町新町22-13

[参考文献]
・大友義助、「正源寺の火車」、『山形県最上地方の伝説』、東北出版企画、pp.315-317、1996年
・最上地域観光情報サイト、https://kanko-mogami.jp/spot/shougenji-sanmon/
・境内案内版

【執筆】
岩崎永治(いわざき・えいじ)
1983年群馬県生まれ。博士(獣医学)、一般社団法人日本ペット栄養学会代議員。日本ペットフード株式会社に就職後、イリノイ大学アニマルサイエンス学科へ2度にわたって留学、日本獣医生命科学大学大学院研究生を経て博士号を取得。現在は麻布大学獣医学部寄付講座ペットケア&ニュートリション研究室 特任准教授。専門は猫の栄養学。「かわいいだけじゃない猫」を伝えることを信条に掲げ、日本猫のルーツを探求している。〈和猫研究所〉を立ち上げ、SNSなどで各地の猫にまつわる情報を発信している。著書に『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(緑書房)、『猫はなぜごはんに飽きるのか? 猫ごはん博士が教える「おいしさ」の秘密』(集英社)。2023年7月に「和猫研究所~獣医学博士による和猫の食・住・歴史の情報サイト~」を開設。
X:@Jpn_Cat_Lab

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