虫の目線で季節を見る【第14回】日本の秋を彩る音色

静けさがひろがる秋の夜長。草むらや庭先からかすかに響いてくる虫たちの鳴き声は、日本では古くから秋の風物詩として親しまれてきました。昆虫たちの奏でる音色は、私たちの耳を楽しませるだけではなく、それぞれの種が限られた季節の中でパートナーを探すための大切なコミュニケーションでもあります。

西洋文化圏では、昆虫の鳴き声を雑音(ノイズ)と受け取ることが多いといわれますが、日本では昔から昆虫の声を季節のうつろいとして慈しむ独自の感性が培われてきました。『万葉集』や『古今和歌集』の時代から野山で昆虫の声に耳を傾ける「虫聞き」が行われ、江戸時代には鳴く虫を竹籠に入れて売る「虫売り」という商売が成り立つほど、人々の生活に馴染んでいました。

秋に鳴く代表的な昆虫

この「虫の音」は、主にオスの左右の前翅(まえばね)にある発音器官をこすり合わせることで作られています。右の翅にあるやすり状の突起と、左の翅にある摩擦片を毎秒数百回と細かく滑らせ、翅全体を共鳴させることで澄んだ音色を生み出しています。つまり鳴くのはほぼオスだけ。メスに対する求愛の歌として鳴いている種がほとんどです。

日本には多くの「鳴く虫」がいますが、ここでは秋に声を聞かせてくれる昆虫のうち、代表的な6種を順に見ていきましょう。

エンマコオロギ

秋の草むらで最も存在感のある姿と声を見せるのが、日本のコオロギで最大級の大きさを誇るエンマコオロギです。

体長は約26〜32ミリメートルほどで、黒褐色から赤褐色の頑丈な身体を持ち、額から目頭くらいまで伸びる黒い模様が見られます。この威厳のある顔つきが、能面の「閻魔(えんま)」を思わせることが名前の由来とする説があります。

平地から山地の草地、農耕地、庭園、民家の周囲などに生息し、特に石や落ち葉の物陰を好みます。
日中は地表の割れ目や石の下に潜み、日没とともに動き出します。地面を歩き回りながら植物の葉や落ちた果実、昆虫の死骸などを食べる雑食性です。

エンマコオロギは、状況に応じて鳴き分けをします。メスを呼び寄せる基本の「コロコロコロ……」だけでなく、メスが近づいたときに出す低く優しい求愛の「チリチリ……」、他のオスと鉢合わせした際に威嚇する「キリキリッ!」という縄張り主張など、声に明確なバリエーションがあるのが特徴です。

スズムシ

「鳴く虫」と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、清涼感のある音色で知られるスズムシでしょう。

体長は約17~25ミリメートルで、黒褐色の身体にオスは扇状の前翅を持ち、長い触角が目を引きます。飛ぶ力はほとんどなく、乾燥を嫌うため、直射日光の当たらない平地や丘陵地の湿り気がある草むら、竹林の縁、川沿いの藪などの根元に潜んでいます。

スズムシの鳴き声は、鈴を振っているかのように高く透き通っています。前翅をほぼ垂直に立て、高速でこすり合わせることで独特の音を出しています。
1匹が「リーン」と鳴き始めると、つられて周囲のオスたちも鳴き交わす習性があります。野生の個体は環境の変化などで減ってきていますが、静かな夜の草むらで響く合唱には非常に風情があります。

マツムシ

童謡『虫のこえ』の冒頭で歌われるマツムシは、古くからスズムシと並んで優雅な声を持つ虫として愛されてきました。

体長は約20〜26ミリメートルで、淡い褐色をしたやや平たい体型をしています。地表近くで過ごすエンマコオロギやスズムシとは異なり、マツムシはススキやヨシなどの茎の上に登って生活します。体色が枯れ草によく馴染む保護色になっているため、日中に姿を見つけるのは容易ではありません。

鳴き声を文字で表現すると「チンチロリン」ですが、実際に聞くと「ピッ、ピリリッ」と歯切れよく、どこか切ない余韻がある音です。なお、平安時代などの古文書では、現在のスズムシとマツムシの名前が「逆」に使われていたという説が有力です。時代が変わっても、その美しい声が人々に好まれてきたことに変わりはありません。

アオマツムシ

近年、都市部の街路樹や公園の木々から降り注ぐように、大音量で鳴いている緑色の昆虫がアオマツムシです。

明治時代に中国大陸方面から渡来したとされる外来種で、現在は各地の市街地に定着しています。日本の鳴く虫の多くが褐色系であるのに対し、アオマツムシは木の葉と同化する鮮やかな緑色をしています。体長は、約20〜25ミリメートルです。

サクラやケヤキなどの高い木の葉の裏に隠れているため姿を目にする機会は少ないですが、街中で聞く秋の声としては最も身近な存在と言えます。鳴き声は、「リリリリ……」と表現されます。

鳴き声は高音でテンポが速く、1匹でもかなりの音量があります。さらに一斉に同調して鳴く習性があるため、夜の街路樹全体から聞こえてくる大合唱はなかなかの迫力です。従来の静かな秋の情緒とは少し趣が異なりますが、現代の街の秋を象徴する音風景になっています。

クサヒバリ

夜間に鳴く虫が多いなか、明るい日中から「フィリリリリ……」という高い美声を響かせるのが小型のクサヒバリです。

体長は約6〜8ミリメートルと米粒より少し大きい程度で、黄褐色の身体に脚の斑点模様が特徴です。

非常に小さな身体ですが、出される音は驚くほど高く繊細で、細く伸びやかな高音が途切れることなく続きます。寒さに強い種類で、初冬の入り口あたりまで声を聞くことができます。昼間の散策中にこの澄んだ声が聞こえたら、近くの低木の葉の裏などを探してみると見つかるかもしれません。

カネタタキ

夜、部屋の明かりを消して静かに過ごしていると、どこからか「チン、チン、チン……」と規則正しい金属音が聞こえてくることがあります。その音を出しているのがカネタタキです。

体長が約8~10ミリメートルの、灰褐色で平べったい小さな虫で、オスは翅が非常に短く、メスには翅がありません。
跳躍力は弱く、樹皮や壁面をチョロチョロと這うように移動します。庭木や生垣、家の外壁のほか、環境の変化に強いため、マンションの上の階のベランダなどでもよく見かけます。

鳴き声は、文字通り小さな鐘を叩いているような音です。他の種と異なり、間隔を置いた断続音のため、主張しすぎず、秋の夜の静けさをかえって引き立ててくれる存在です。

鳴く虫たちのすみ分け

今回あげた6種を比べると、それぞれの生きる場所が異なっていることが分かります。
地表で暮らすエンマコオロギやスズムシは、足元の陰や湿った草むらにおり、少し高いススキの茎にはマツムシがすんでいます。さらに上の樹上からはアオマツムシが大合唱を響かせ、生垣や庭木、壁面といった場所ではクサヒバリやカネタタキがそれぞれ固有の音を刻みます。

すむ高さや活動する時間帯、音の周波数を少しずつ変えることで、お互いの求愛の声を打ち消し合わずに共存しているのかもしれません。夜の草むらに耳を澄ませたときに聞こえる多様な声は、こうした環境への適応が生み出した結果でもあります。

おわりに

街灯の下の草地やふと立ち止まった公園、自宅のベランダなど、少し意識を向けるだけで身近な場所にかれらは潜んでいます。秋の夜風を感じながら、どこからか聞こえてくるその声に、そっと耳を傾けてみてください。古き良き日本の情景を感じられるはずです。

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【写真・文】
尾園 暁(おぞの・あきら)
昆虫写真家。1976年大阪府生まれ。近畿大学農学部、琉球大学大学院で昆虫学を学んだのち、昆虫写真家に。日本自然科学写真協会(SSP)、日本トンボ学会に所属。著書に『くらべてわかる トンボ』(山と渓谷社)、『ぜんぶわかる! トンボ』(ポプラ社)、『ハムシハンドブック』(文一総合出版)、『ネイチャーガイド 日本のトンボ』(同上・共著)、『春夏秋冬 となりの昆虫観察図鑑』(緑書房)など。
X:@PhotomboOzono
Instagram:@akiraozono_photography
ブログ:湘南むし日記

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