昔ながらの風景にいるカラス
ヒラヒラと飛び交うカラスを数羽、それに田畑と案山子を描けば穏やかな農村風景を表現できます。

野生鳥獣から農作物を守る対策グッズとして、昔から案山子が使われてきたことは言うまでもありません。とはいえ、科学的に効果が検証されて使われている訳ではありません。人に似せたものが多いのは、人に似せれば野生のいきものは恐れてくれるだろう、という期待からかと思います。素朴なアイデアなので、いつ誰が発案したなどの情報はありません。
案山子は万能じゃない?
ところで、鳥害対策=案山子という風に、鳥の種類で効果が全く異なることを意識せずに使われているように感じます。実は、カラスは案山子を使って対策をすることに最も見合った鳥であると思います。スズメやハト、ムクドリなどでは案山子作戦は上手くいきません。
なぜかというと、案山子は一本足で立っているだけで棒を振り回したり、大声をあげて威嚇したりしません。したがって、危険なものではありません。ハトやスズメなどは、案山子が何かしらの行為で自分たちに危害を加えるという想像力がないので、案山子は設置後まもなく止まり木になります。

彼らにとって、案山子は生えてきた木々と同じ位置づけかと思います。
ところが、賢いと言われるカラスは違います。初めて見るものには警戒心を持つようで、様子見をして迂闊に近づこうとはしません。数日かけて様子を見ながら近づきます。2~3日たっても姿・形が変わらず、かつ無害と分かれば案山子を気にしなくなります。いわゆる「慣れ」です。しかし、案山子に衣服の追加や持たせるものを変えるなどの変化を加えれば、カラスは警戒心をリセットするので、慣れまでの期間を引き延ばすことができます。このように、鳥害対策もカラスと他の鳥とは分けて考える必要があります。
もっとも、最近は鳥害への効果よりも、テレビ番組や世相を取り込んだ、ユーモアあふれる案山子祭りとして楽しまれているようです。笑いの健康増進に一役買っている一面もあります。


そんな中、興味深い情報が入りました。東急路線では、カラスによる線路への置石(線路に敷き詰めている砂利石を啄み、線路の上に置くこと。本来、啄み上げた石のくぼみに餌を隠すための行為)対策に、フクロウの案山子を立てて効果を出しているというのです(東京新聞、2025年5月4日)。
線路への置石はこれまでも確認されており、脱線につながるおそれもあるので対策が計画されました。そこで発案されたのが、カラスの天敵になるフクロウの案山子です。私も見てみたくて蒲田まで足を運びました。東急線蒲田駅から少し離れた路線沿に、壊れないようにガッチリとしたつくりで迫力があり、かつ愛嬌もあるフクロウの案山子が設置されていました。

これが設置されたばかりのころは置石も少なくなり、一定の効果が見られたようです。ただし、その効果はフクロウが止まっているとカラスが思っているからではありません。あくまでも、カラスは得体の知れない新奇物が線路の傍にあるため、警戒して現場に近づかなくなったのです。動物は想像を膨らませません。見たものを受け止めるだけで、冷静です。形はフクロウですが、カラスにとっては「見慣れないものがあるから警戒しよう」となります。それが人間側の「効く」と言う評価になります。しかし、変化がなければ慣れてしまいます。現に、場所によってはカラスが止まるフクロウ案山子も現れているようです。やはり、案山子効果を長続きさせるためには小まめに見栄えを変えて、視覚と心理に訴える作戦が基本となるようです。
動物と向き合っていくには、絶対評価ではなく「まぁまぁ効いているな!」というサジ加減の感覚が大事だと思います。私たちが決めた基準という期待ではなく、幅のある実際の効果を良しとして地道に付き合うしかありません。
【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。
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