桜の季節、東京芸術大学周辺で黒猫に出会いました。

寛平御記(宇多天皇の日記)で著されていた猫はつやつやとした黒猫で漆黒のような美しい黒、 瞳も輝いていると記述されていました。この猫に出会った時にふと思い出しました。猫の被毛や尾の長さも時代と共に変遷があったようです。
猫は恐れられる? 貴重な存在?
猫は音もなく歩き、いま目の前にいたと思ったら、次の瞬間には真後ろにいるなど俊敏な動き方をすることがあります。また、光の加減で変わる瞳孔の大きさなどを不気味に感じる人も多かったのか、猫股(ねこまた)、化け猫などといった逸話が多く残っています。
日本の猫股の記載は藤原定家が日常の事を書き記した「明月記」の中にあります。奈良で猫股が出て死者が多く出たという事が書かれており、これが最古の猫股の記載であるとされています。「徒然草」の中でも、僧が夜道に家路を急いでいた時に家の側で猫股に襲われ、川に転落するという事件が書かれています。これは、実は僧侶の家の犬が戻った主人に喜んで飛びついたのを、猫股の噂を聞いて恐々としながら歩いていた僧侶が勘違いをしたものであったという話です。
その他時代が下っていくと、様々な猫股や化け猫の話が多くなり、芝居などでも取り上げられるようになっていきます。妖怪や化け猫の話は、多くの人々が恐れながらも怖いもの見たさで噂したのかもしれません。
日本最古の猫の絵
日本国内において、現時点で確認されている最古の猫の絵は奈良国立博物館蔵の日本三大絵巻に数えられる、「信貴山縁起絵巻」(平安時代末期)の中の尼公の巻の中で見られます。人々の生活の風景の中にさりげなく描かれているのですが、その全体像を見ると当時の犬と猫の社会的な扱われ方が伝わってきます。


この絵の中で、猫は明らかに屋内で暮らしています。1枚目の写真からは首に紐らしきものがついているようすも見て取れるでしょう。猫は奥の部屋で大切にされ、逃げないように紐でつながれています。
猫は渡来の貴重な動物であったため、ある程度裕福な家庭で大切に扱われていた事がわかります。このときの猫は白黒で尾が長いですね。
さまざまな絵の中で息づく猫たち
鳥獣人物戯画
軽妙な活き活きとした筆致が現代の人の心にも響き、多くの人に愛されている絵巻「鳥獣戯画」ですが、目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
鳥獣戯画は、京都市右京区にある高山寺に伝わる古い絵巻物です。作者については諸説あり、比叡山延暦寺の鳥羽僧正覚猷(かくゆう)が描いたという説がありますが、実際には作者不詳とされています。この作品は、当時の世相を表現した「をこ絵」(即興画)と呼ばれる絵の一種で、日本の漫画の起源とも言われています。その独特の表現方法と風刺的な内容から、現代でも多くの人々を魅了し続けている重要な文化遺産です。
この絵巻に登場する動物達は、神との交流をする神聖視された動物達で、戦乱によって没した高貴な人々への鎮魂のテーマを持つ絵巻ではないかという視点もあります。
この絵巻で猫は烏帽子(えぼし)をかぶっており、高貴な存在として示されているようです。
石山寺縁起絵巻
石山寺縁起絵巻は、大河ドラマの「光る君へ」でも有名な滋賀県大津市の石山寺に所蔵されています。全7巻まであり、2巻と4巻に猫が描かれています。2巻は鎌倉時代に書かれ、4巻は室町時代に書かれたと言われている長編絵巻です。
当時の暮らしや人の表情、猫の表情も見て取れ、大変興味深いものです。絵の都合上の大きさかもしれませんが、特に軒先の暖簾(のれん)の下にいる猫は子犬ほどもある大きな猫にみえますね。
いずれも描かれているのは白地に縞柄の長尾の猫です。やはりつながれていたり、人に抱かれていたりと、屋内で人に大事にされながら暮らしていたことがわかります。


この後の時代でも猫は様々な場面で描かれています。またご紹介いたします。
以下は箸休めのイラストです。

【執筆者】
柴内晶子(しばない・あきこ)
獣医師、⽇本動物病院協会(JAHA)内科認定医、⾚坂動物病院(東京都港区、https://akasaka-ah.com/ )院⻑。1986年より⽇本動物病院協会CAPP活動(動物介在活動ほか)に参加。⽇本⼤学農獣医学部(現:⽣物資源科学部)獣医学科卒業。日本獣医畜産大学臨床病理学教室研修生を経て、93年より赤坂動物病院勤務。人と動物の絆を礎にした伴侶動物医療をモットーにしながら、社会貢献活動としてCAPP活動を推進するとともに、保護猫・保護犬の譲渡活動も継続している。また、農林⽔産省獣医事審議会委員、農林⽔産省薬事・⾷品衛⽣審議会薬事分科会動物⽤医薬品等部会動物⽤再⽣医療等製品・バイオテクノロジー応⽤医薬品調査会委員、⽇本獣医史学会評議委員、⽇本臨床獣医学フォーラム幹事、⽇本動物愛護協会評議委員、⽇本⼤学⽣物資源科学部⾮常勤講師、ねこ医学会CATvocate認定講座講師などを務める。
【編集協力】
いわさき はるか
「いきもののわ」では、ペットや動物関連イベントなど、いきものにまつわる情報をお届け中!