カラス博士の研究余話【第32回】カラス類は鼻が効く?

近ごろニュースになっているクマは、においに相当敏感なようです。また、犬はその嗅覚能力を発揮して、災害救助犬・警察犬として活躍していることもよく聞く話です。このように、多くの哺乳動物は、においに敏感だとされています。

さて、鳥類であるカラスはどうでしょうか?

カラスは嗅覚が鋭い?

冒頭で話題にあげたクマは、においを嗅ぎつけて人里に降り、ごみ漁りまでするともいわれています。同じように、カラスもにおいに敏感で、それを武器に生ごみを漁っていると思っている人が意外に多いです。カラスについて取材を受けるときも、「カラスはにおいで生ごみを嗅ぎ分けるのですよね?」と、自信満々のメディア関係者もいるくらいです。正に、「全ての動物は鼻が効く」という一面思考です。

見ようによっては、上嘴(うわくちばし)の大きいカラス(特にハシブトガラス)は鼻も大きいように感じますが、大きいのは嘴であって鼻ではありません。そもそも、カラスの鼻孔はどこにあると思いますか?

実は、普段は嘴毛(しもう)で覆われていて鼻孔は確認できないのです(図1)。

図1.嘴毛で鼻孔が覆われている

カラスの優れた知覚と視覚

頭蓋骨を見てみると、嘴毛の裏には立派な鼻孔があることが分かります(図2)。なので、カラスもにおいに敏感と思われても不思議ではないのですが、実は、カラスの嗅覚はそれほど良くありません。

図2.カラスの骨格標本

カラスが動物の死体を貪るような描写がありますが、あれは視覚的に死体(餌)を発見したカラスが、「餌、発見!」と鳴き声で仲間に知らせて集まっています。

シベリアなど北緯の高いところに生息しているワタリガラス(カラス類では一番大きい)は、ヒグマやオオカミの後に付いていきます。動物同士の死闘の結果、どちらかが倒れる(敗者を貪れる)とイメージすることができ、必ず餌のおこぼれにあずかれることを知っているのです。まさに、知能と視覚の勝利です。

カラスの嗅覚を確かめる実験

ここまで、カラス類はにおいに敏感ではないという話をしてきましたが、これからそれを証明する実験を紹介します。私のもとを訪ねてくるみなさんが、どうしてもカラスがにおいに敏感かそうではないかを気にするのです。なぜなら、カラスがにおいに敏感だとわかれば、カラスの嫌がるにおいを見つけ、カラスを追い払うスプレーなどを開発・販売できると考えているからです。ですから、出入りの企業からも何度かカラスの嗅覚究明の依頼がありました。

そんなこともあり、カラスの嗅覚を調べる運びになりました。

まずは、においに関する神経の発達度合を調べました。鼻の先から脳まで、丁寧に神経を切断しないように辿りました。この調査で分かったことは、においに関する神経がそれほど発達していないということです。ハトやニワトリに比べても、嗅神経がはるかに細いのです(図3)。また、カラスの大脳はよく発達しているのですが、においの情報を受けて処理する脳の一部である嗅球は、発達していませんでした(図4)。

図3.ハトと比べると嗅神経が細い
図4.カラスには嗅球(丸で囲われている部分)がほとんど見られない

においで餌を識別できるかの実験

神経が発達していないとわかりましたが、本当ににおいを感じていないのか、生きているカラスに聞いてみないとわかりません。しかし、「どっちが良いにおい?」など聞き出すことはできないので、もう一工夫仕掛けを考えました。

用意した2つの丸いプラスチック容器の片方に、普段餌に使っているドッグフードをにおいが立つように温めて入れ、蓋をします。蓋にはランダムに穴をあけ、外から嗅げるようにします。もう一方の容器には何も入れず、蓋に穴をあけます。見た目ではどちらに餌があるのかわかりません。

この2つの容器を、場所を変えながら何度もカラスに提示します(図5)。

実験の様子(左)と結果(右)

その結果、カラスは餌入りの器に狙いを定める様子はなく、2つの器を偏りなくつついて確かめていました(図5)。

このことから、容器の違いをにおいで区別していない(できない)ことがわかります。神経のつくりからも、行動からも、カラス類はにおいに敏感ではないと考えられます。ついでながら、鳥類はにおいに敏感ではないのが一般的です。

おわりに

やはり、カラスはゴミなどを「眼」で識別しているのだと思います。天空から世界を見る鳥類は視力がすぐれていることが多く、動物は生息する環境に合わせて感覚を進化させてきたといえます。今回紹介した実験から、改めてカラスの理性的に物事を判断する能力が垣間見えました。

【執筆者】
杉田昭栄(すぎた・しょうえい)
1952年岩手県生まれ。宇都宮大学名誉教授、一般社団法人鳥獣管理技術協会理事。医学博士、農学博士、専門は動物形態学、神経解剖学。実験用に飼育していたニワトリがハシブトガラスに襲われたことなどをきっかけにカラスの脳研究を始める。解剖学にとどまらず、動物行動学にもまたがる研究を行い、「カラス博士」と呼ばれている。著書に『カラス学のすすめ』『カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記』『もっとディープに! カラス学 体と心の不思議にせまる』『道具を使うカラスの物語 生物界随一の頭脳をもつ鳥 カレドニアガラス(監訳)』(いずれも緑書房)など。

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