シカという言葉を聞けば、ほとんどの人がその姿形を思い描けるはずです。
では、あなたはシカについてどれくらい知っていますか? まず、あなたが思い浮かべたシカの種類は何でしょう? どこに生息していて、どのように暮らし、どのくらいの範囲を移動しているのでしょう?
こんなにも私たちの頭の中に根付いているシカなのに、意外にもその姿形以外は知らないことだらけです。
この連載では、書籍『そのシカ、どこから来たと思います?』(兼子伸吾 著、緑書房、2026年)の一部を抜粋・再構成しながら、ニホンジカという動物の意外な姿を紐解いていきます。
今回は、日本にいるシカの種類について紹介します。
日本にいるシカは1種だけ
岩﨑はるか)「日本にいるシカって全部で何種類いるんですか?」
私がそのように尋ねると、福島大学で野生動物の遺伝子情報を研究する兼子先生は少し困った顔をしました。
兼子伸吾)「日本にいるシカはニホンジカ1種だけです。エゾシカやヤクシカなどは亜種なんですよ。」
岩)「え、じゃあケラマジカとかツシマジカとかも全部亜種なんですか?」
驚いた私が聞き返すと、先生はますます困った顔をしました。
兼)「うーん、ケラマジカとツシマジカは亜種とするには微妙なんですよね……」
そもそも今の亜種の分類自体がごにょごにょ……と口ごもる兼子先生。一体どういうことなんでしょうか?
いろいろいるぞ、ニホンジカ
ニホンジカは、北は北海道から南は沖縄県慶良間諸島まで非常に広い範囲に生息し、屋久島や口永良部島、対馬などの島々にも生息しています。
そしてこれらのニホンジカは、場所ごとに姿形がだいぶ違います。成獣のオスで比較した場合、屋久島のシカは30キログラムぐらいと小型ですが、北海道のシカは100キログラム超える大きな動物です。
このように、明らかに形態的特徴が異なるグループを含むため、ニホンジカは種よりもさらに細かい「亜種」というグループの名前をもっています。屋久島のヤクシカや北海道のエゾシカという呼び名は、形態的特徴が異なることが明らかであるためについた「亜種名」なのです。

シカの亜種は分けにくい?
ニホンジカには亜種がたくさんいます。そのうち日本にいるのは、エゾシカ・ホンシュウジカ・キュウシュウジカ・マゲシカ・ヤクシカ・ケラマジカの6亜種とする見解が比較的広く受け入れられてきました。しかし、このニホンジカの亜種が適切かというと全くそんなことはありません。
これまで動物の亜種というのは、分布や大きさ、骨格などの特徴で決めることを基本としてきました。しかし、シカの場合は大きさや形態の違いが連続的なので、それらの違いを区別するのは案外難しいのです。
日本には、北海道のエゾシカから屋久島のヤクシカまで様々なグループが分布しています。ヤクシカのように比較的はっきりとした特徴をもつグループもありますが、それぞれのグループの体のつくりは、暮らしている場所や環境によって少しずつ違っています。
例えば、日本列島を北上すれば大きくなるし、島に生息していれば小さくなる。あるいは、急傾斜地が多い屋久島では足が短くなる、ということが起こっています。
こうなると、どこからが特定の系統の遺伝的な特徴を反映し、どこまでが環境への適応的な特徴なのかを区別するのは簡単なことではありません。
さらに、シカの仲間は系統や形態が異なっていても交配しやすいことが知られています。
このように、様々な要因から「ここからここまでは○○シカ」と、はっきりと分けるのはとても難しいことなのです。
おわりに
今回は、ニホンジカの種類について紹介しました。エゾシカやヤクシカなど、動物好きな方なら聞いたことがある名前があったのではないでしょうか?
次回は、そんなニホンジカの中で最も有名な「奈良公園のシカ」について紹介します。シカせんべいをねだったり、お辞儀を返してくれたり、明らかに他のシカとは違いそうですね。彼らの何が特別なのでしょうか? 次回をお楽しみに!
本記事のように、シカのDNAを調べることで判明した驚きの事実とともに、シカといういきものの興味深さを語り尽くす一冊『そのシカ、どこから来たと思います?』は、2026年5月29日より全国の書店やネット書店などで販売が開始されています。

【執筆者】
岩﨑はるか(いわさき・はるか)
サイエンスライター。専門家の言葉を、わかりやすく、かつ正確に伝えることを心掛けながら執筆している。
X:@iwasakiHar458
【監修】
兼子伸吾(かねこ・しんご)
DNAからいきものの過去と現在を読み解く研究者。福島大学共生システム理工学類教授。1978年静岡県磐田市生まれ。広島大学大学院国際協力研究科を修了後、京都大学大学院農学研究科を経て、2012年より福島大学にて研究や教育に従事している。少しかわったいきものの研究の他、絵本を使ったユニークな授業などにも取り組んでいる。座右の書は『MASTER キートン』。
X:@skane_Fukushima
【写真協力】
高木俊人(たかぎ・としひと)
神戸女学院大学 生命環境学部 専任講師。ニホンジカをはじめとした野生生物の進化史や集団構造の変遷を明らかにするための研究を行っている。
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