犬と暮らしていない方でも、「おすわり」「まて」「おいで」などの言葉を一度は聞いたことがあると思います。これらは一般的に「コマンド」と呼ばれ、犬にこちらの意図を伝え、日常生活をスムーズにするための大切な合図として知られています。
当連載では、警察犬訓練士・プロドッグトレーナーである筆者の視点から、基本のコマンドや覚えさせる手順を紹介します。
今回は、「コマンドとは何か」「いつから練習を始めればよいのか」「練習前に整えておきたい準備」について、わかりやすく解説していきます。
記事内では、実際のトレーニングの様子がわかる動画も紹介していきます。文章だけでは伝わりにくい犬の動きや合図のタイミングは、ぜひ動画もあわせて確認してみてください。

コマンドとは何?
コマンドとは、犬に対して「今、何をしてほしいのか」を伝えるための合図です。
日本語では「おすわり」「ふせ」「まて」「おいで」などが代表的ですが、英語で「シット(sit)」「ダウン(down)」「ステイ(stay)」「カム(come)」と教える方もいます。大切なことは、どの言葉を使うかよりも、家族全員で同じ言葉を使い、犬にとってわかりやすく伝えることです。
犬は人間の言葉を文章として理解しているわけではありません。言葉の音、飼い主さんの表情、体の動き、手の合図、そしてその後に起きる結果をセットで学習しています。
たとえば、「おすわり」と言われた後に座り、褒められたり、おやつをもらえたりすると、犬は「この音が聞こえて座ると良いことがある」と覚えていきます。これがコマンドを学習する基本です。
ここで大切なことは、コマンドは犬を支配するための命令ではないということです。
犬にわかりやすい共通言語を作ること。それが本来のコマンドの役割です。
警察犬を訓練する際でも、犬が自信を持って動けるように、合図は明確に、タイミングよく、そして一貫性を持って教えていきます。家庭犬のしつけでもこれは同じです。
「言うことを聞かせる」のではなく、「どうすれば褒められるのかを犬に伝える」。
この考え方を持つだけで、トレーニングの質は大きく変わります。

コマンドの練習をする前に必要な準備
コマンドを教える前に、まず整えておきたい土台があります。それが「名前の認識」「アイコンタクト」「スキンシップ」です。
名前の認識
犬にとって、自分の名前は飼い主さんとつながる最初の合図です。
「名前を呼んだ時に犬がこちらを見る」ということができていると、その後のコマンドの練習がとてもスムーズになります。
反対に、名前を呼んでも反応しない状態で「おすわり」「まて」と伝えても、犬には届きにくくなります。まずは名前を呼んで、こちらを見たら褒める。これを日常の中で繰り返しましょう。
ワンポイントアドバイス!
叱る時に名前を使いすぎないようにしましょう!
「ポチ!ダメ!」「ポチ!こら!」と名前の後に嫌なことが続くと、犬は名前に対して悪い印象を持ってしまうことがあります。名前はできるだけ良いことの合図にしてあげましょう。
アイコンタクト
アイコンタクトとは、犬が飼い主さんの目を見ることです。
これは単に見つめ合う練習ではありません。犬が「次は何をすればいいかな?」と、飼い主さんに意識を向けるための大切な土台です。
散歩中に周囲の犬や人に反応しやすい子でも、アイコンタクトが取れるようになると、興奮する前に飼い主さんへ意識を戻しやすくなります。
ワンポイントアドバイス
練習方法はとてもシンプルです。
「名前を呼ぶ→犬がこちらを見る→すぐに褒める」
最初は一瞬で構いません。長く見つめさせようとするよりも、「見たらいいことがある」という経験を積ませることが大切です。
スキンシップ
スキンシップも、トレーニング前の大切な準備です。
犬の体に触れることは、健康管理、ブラッシング、爪切り、動物病院での診察、日常のケアに直結します。体を触られることに慣れている犬は、生活全体が楽になります。
ただし、スキンシップは無理やり触ることではありません。犬が嫌がっているのに押さえつけたり、逃げられない状況で触り続けたりすると、かえって人の手が苦手になることがあります。
ワンポイントアドバイス!
最初は首元、胸、背中など、犬が受け入れやすい場所から優しく触りましょう。落ち着いて受け入れられたら褒める。少しずつ足先、耳、口周りなどにも慣らしていきます。
コマンド練習の前に、飼い主さんの声、手、存在そのものに安心感を持ってもらうことが重要です。
トレーニングを始めるタイミング
コマンドの練習は、子犬を迎えた日から少しずつ始めることができます。
ただし、最初から完璧を求める必要はありません。特に子犬の場合、集中力は長く続きません。1回の練習は1~3分程度でも十分です。大切なのは、短く、楽しく、成功で終わることです。
「まだ小さいからしつけは後でいい」と考える方もいますが、犬は家に来たその日から環境を学習しています。どこで寝るのか、誰についていけばよいのか、どんな行動をすると構ってもらえるのかなど。良くも悪くも、毎日の生活そのものが学習になっています。
そのため、早い段階から名前を呼ばれたら反応する、飼い主さんを見る、体を触られることに慣れる、落ち着いて褒められるといった経験を積むことが大切です。
成犬の場合も遅すぎることはありません。すでに癖がついている場合は、子犬よりも少し時間がかかることはありますが、犬は何歳からでも学習できます。
特に保護犬や成犬を迎えた場合は、いきなりコマンドを教え込もうとするよりも、まずは安心できる環境づくりと信頼関係の構築を優先しましょう。犬が不安な状態では、学習効率も下がります。
1日の中でトレーニングをするベストタイミングは、「犬が落ち着いていて、飼い主さんも焦っていない時」です。散歩直後で疲れすぎている時、空腹すぎる時、興奮している時、叱られた直後などは避けた方がよいでしょう。
おわりに
コマンドは、犬と飼い主さんが安全に、楽しく、安心して暮らすための共通言語です。犬を思い通りに動かすための命令ではありません。
「おすわり」「まて」「おいで」などの基本コマンドが身についていると、日常生活のさまざまな場面で犬を守ることができます。
そして、コマンドの練習を成功させるためには、いきなり言葉を教えるのではなく、名前の認識、アイコンタクト、スキンシップという土台づくりがとても大切です。
また、完璧を急ぐ必要はありません。犬が「できた」と感じ、飼い主さんも「伝わった」と感じられる経験を少しずつ積み重ねてください。
次回以降の記事では、「おすわり」「ふせ」「まて」「おいで」など、具体的なコマンドの教え方を1つずつ詳しく解説していきます。
愛犬との暮らしをより安心で楽しいものにするために、まずは今日から、名前を呼んで目が合った瞬間に優しく褒めるところから始めてみてください。
【執筆者】
松尾 邑仁(まつお・ゆうと)
株式会社東京DOGS代表取締役。一般社団法人 全日本ドッグトレーニング協会 代表理事。公益財団法人日本警察犬協会公認訓練士資格やジャパンケネルクラブ公認訓練士資格を所持。「褒めるしつけトレーニング」という独自理念のもと、飼い主と愛犬に最適な生活環境を提案する。2024年に「1年間で犬のしつけをした国内最多頭数記録(個人)」を樹立。主な著書に「褒めトレ®ゆうと先生が教える「褒める」犬のしつけ完全ガイド」(星雲社、2026年)。
Instagram…株式会社東京DOGS:@tokyo__dogs
ゆうと先生(松尾邑仁):@yuto_dog_trainer
YouTube…犬しつけTV -ゆうと先生-
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