そのシカを紐解く【第4回】シカに紐づくいきものものたち

シカの存在は、人間だけではなく、周囲のさまざまないきものにも影響を与えています。

その影響の現れ方はさまざまです。シカの採食によって行動が変わることもあれば、シカの分布の変化に伴って、他のいきものの分布が変わることもあります。さらに、長い時間の中では、シカとの関わりによって「進化」が起こることさえあります。

この連載では、書籍『そのシカ、どこから来たと思います?』(兼子伸吾 著、緑書房、2026年)の一部を抜粋・再構成しながら、ニホンジカという動物の意外な姿を紐解いていきます。

第4回となる今回は、シカの影響によって進化したいきものたちを紹介します。

奈良公園の木に残る「ディアライン」

岩﨑はるか「シカの影響というと、まず思い浮かぶのは植物が食べられてしまうことですよね。」

兼子伸吾「そうですね。たとえば奈良公園の木を見ると、地上から一定の高さまでは葉がありません。シカが口の届く範囲の葉を食べてしまうからです。少し離れて見ると、葉っぱのあるところとないところが、まるで線を引いたようにくっきり分かれています。この線を『ディアライン(鹿の線)』と呼びます。」

宮島のディアライン(白い点線、撮影:兼子伸吾)

岩「それだけ食べられていたら、シカが食べる植物はどんどん姿を消してしまいそうですね。」

兼「もちろん、そういうこともあります。でも、食べられながら生き残る中で、シカに食べられにくい姿へと進化した植物もいるんです。」

植物はシカに食べられにくい姿に変わる

草食動物に食べられないよう、茎や葉に刺毛と呼ばれるトゲをもっている植物がいます。イラクサがその1つです。なかでも、奈良の東大寺周辺に生えているイラクサは、他の地域のイラクサと比べて刺毛の数が極端に多くなっていて、その性質は遺伝的に受け継がれているようです。

イラクサ(四季写彩/ PIXTA)

刺毛の少ないイラクサはシカに食べられやすいため、トゲトゲの個体だけがこの地域で生き残ることができたのでしょう。

同じように、屋久島にすむヤクシカによって起きた植物たちの「進化」もあります。屋久島と他の場所で同じ植物を比較すると、屋久島の植物のほうが小さいことが知られています。この小型化は、寒さや土壌のせいではなく、ヤクシカの強い採食圧が原因であることがわかっています。

植物の大きさ(高さ)が小さくなるほど、ヤクシカにとっては食べにくくなります。つまり、背が低く小さな個体ほど食べ残され、生き残りやすくなります。その結果、ヤクシカに食べられる植物は、5センチメートルにも満たない「ミニチュア植物」へと進化していったのです。

一方、ヤクシカが好んで食べない植物では、小型化は確認されていませんでした。シカに食べられる植物だけが小さくなっていたことも、小型化にヤクシカが関わっていることを示しています。

こうした現象が、実に80種もの植物で起こっているのですから驚きです。

人とシカの影響で生まれたルリセンチコガネ

ここまで紹介した植物では、シカの採食行動が、植物の進化に直接影響していました。一方、別のいきものの行動がシカを経て、間接的に進化に影響したと考えられる例もあります。

オオセンチコガネは、シカなどの哺乳類の糞を餌とする甲虫です。通常は赤や緑っぽい体色をしていますが、奈良公園周辺では宝石のラピスラズリのような深い青色の個体が多く、「ルリセンチコガネ」として親しまれています。

オオセンチコガネ。左と中央は通常の赤や緑色。右がルリセンチコガネ(撮影:荒木 祥文)

遺伝子を調べたところ、ルリセンチコガネは、約600年前以降にオオセンチコガネの集団から分岐したグループであることがわかりました。興味深いことに、紀伊半島のシカでも約700年前に集団との交流が途絶え、東西に分かれたと推定されています。シカとオオセンチコガネの集団が分かれた時期は、とても近かったのです。

オオセンチコガネにとって、シカの糞は重要な食べ物です。そのため、シカの分布が変われば、オオセンチコガネの分布にも影響します。

そして、奈良周辺のシカの分布には、人間の活動が大きく影響してきました。室町時代から戦国時代にかけて、農業生産と人口増加に伴う開墾などによって、シカなどの野生動物の生息環境は縮小していきました。人里近くのシカは狩られ、かつては広くつながっていた生息地も、限られた場所へと細切れになっていったと考えられます。

シカの生息地が細切れになれば、その糞を食べて暮らしていたオオセンチコガネの生息地もまた、細切れになっていったはずです。

こうして小さな集団に分かれる中で、たまたま瑠璃色の個体が多く残った場所があったと考えられます。その個体たちが世代を重ねて子孫を残した結果、瑠璃色の個体が多い集団ができあがりました。

つまり、ルリセンチコガネは、人間の活動がシカの分布を変え、その影響がさらにオオセンチコガネへと及んだことで生まれた可能性があるのです。

おわりに

シカのことを調べていたはずが、その影響をたどっていくと、植物や昆虫、さらには人の歴史まで見えてきます。
いきものたちは決して単独で存在しているわけではなく、人間も含めたさまざまな関係の中で、それぞれの歴史を生き抜いてきたのです。

次回は、島に暮らすシカたちのお話です。屋久島にすむヤクシカ、慶良間諸島にすむケラマジカなど、シカは日本のさまざまな島で暮らしています。

島という使える資源が限られた空間で、シカたちはどのように暮らしているのでしょうか。次回もお楽しみに!

本記事のように、シカのDNAを調べることで判明した驚きの事実とともに、シカといういきものの興味深さを語り尽くす一冊『そのシカ、どこから来たと思います?』は、2026年5月29日より全国の書店やネット書店などで販売が開始されています。

【執筆者】
岩﨑 はるか(いわさき・はるか)
サイエンスライター。専門家の言葉を、わかりやすく、かつ正確に伝えることを心掛けながら執筆している。
X:@iwasakiHar458

【監修】
兼子 伸吾(かねこ・しんご)
DNAからいきものの過去と現在を読み解く研究者。福島大学共生システム理工学類教授。1978年静岡県磐田市生まれ。広島大学大学院国際協力研究科を修了後、京都大学大学院農学研究科を経て、2012年より福島大学にて研究や教育に従事している。少しかわったいきものの研究の他、絵本を使ったユニークな授業などにも取り組んでいる。座右の書は『MASTER キートン』。
X:@skane_Fukushima

「いきもののわ」では、ペットや動物園・水族館、野生動物、動物関連イベントなど、いきものにまつわる様々な情報をお届け中!
メールマガジンでは、特集記事の紹介や次月特集の一部をチョイ見せ!
登録はこちらのフォームから。ぜひご登録ください!

各種SNSも随時更新中! ぜひフォローしてください!